エトピリカ。 エトピリカ

エトピリカ|日本の鳥百科|サントリーの愛鳥活動

エトピリカ

(CNN) オレンジ色の大きなくちばしが美しい海鳥のエトピリカがベーリング海で大量死する現象が、米科学誌プロスワンに報告された。 野鳥の大量死は増加傾向にあると思われ、研究チームは気候変動との関連を指摘している。 研究チームによると、アラスカ沖のベーリング海に浮かぶセントポール島で、2016年10月~17年1月にかけて350羽以上の死骸が見つかった。 この期間に死んだエトピリカは3150~8800羽に上ると推定している。 原油の流出といった惨事を招く事故は起きていなかった。 見つかった死骸はひどく痩せ細っており、死因は餓死だったと研究チームは推測する。 強い暴風雪も一因になったと思われるが、それ以上に気候変動が大きな影響を及ぼした可能性があるという。 この地域のエトピリカは、主に魚を餌にしている。 しかし気候変動による海水の温暖化の影響で動物プランクトンが減り、それを餌とする魚も姿を消した。 冬の間に海面を覆う海氷も解け始め、エトピリカが魚以外の餌を採ることもできなくなった。 死骸の多くは羽が生え変わる途中だった。 この期間のエトピリカはうまく飛べなくなって、餌を採るのが一層難しくなる。 エトピリカの大量死は1983年と97年にも発生し、この時も気候変動による餌の問題との関連が指摘されていた。 研究チームでは、気候変動による大量死は加速する可能性があると予想、今後もエトピリカの観察を続ける方針。 これまでの研究によれば、海洋の温暖化は予想以上の速さで進んでいる。 この地域のエトピリカはそれに順応するか、生息地を変えない限り、重大な危険にさらされる恐れがある。

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エトピリカの意味は鳥の名前!?北海道にもいるくちばしが美しい鳥!

エトピリカ

エトピリカ基金について エトピリカ基金について 7.浜中町でのラッコ調査 NPO法人の前身である任意団体エトピリカ保護基金では、浜中町役場・浜中漁業協同組合・ 環境省・北海道庁などと協力しながら主にエトピリカ保護の活動を行ってきました。 小島では 1995 年からエトピリカを呼び寄せる目的でデコイの設置が始まり、現在では 60 体以上の デコイを設置しました。 対岸のアゼチの岬からや小島での調査は飛来時期である春から夏にかけ 90 日ほど実施しています。 小島とケンボッキ島 デコイ設置作業 デコイ補修作業 小島での調査風景 新たな手法として 1998 年から小島海域に2組の海上デコイを浮かべました。 効果が見られること から毎年期間中に 10 組前後を浮かべエトピリカが反応する姿が見られています。 海上デコイを乗せて 海上デコイを乗せて 海に入れていく 並べて浮かべる 本物が寄ってきた 調査から小島海域での行動範囲が判明し、浜中町広報誌により海域の安全を守るため漁業者に刺し網自粛のお願いを毎年しています。 その呼びかけから発展し、 2006 年には環境省と浜中漁業協同組合でカレイ網において禁止の協定が結ばれました。 毎春に広報します 2000 年、大成建設自然・歴史環境基金の助成により、小島にエトピリカの鳴き声を朝夕に流す音声 装置を設置しました。 ソーラーを電 ソーラーを電源に デコイ上にスピーカ 2002 年、北海道新聞野生生物基金の助成により、網や釣り針にかかり保護されたエトピリカのリハビリ施設をつくりました。 これまでに 10 羽ほどのエトピリカがここから放鳥されています。 リハビリ小屋 内部には水槽 放鳥シーン 2008 年、環境省と共同で旧繁殖地のピリカ岩にデコイを設置し海上デコイも敷設しました。 こちら でも海上デコイに寄り添うエトピリカが見られています。 旧繁殖地のピリカ岩 旧繁殖地のピリカ岩 登山家による設置作業 岬下に海上デコイ 環境省と浜中漁業共同組合の協定によるカレイ網禁止に合わせ、小島海域で違反がないか漁協によるパトロールが行われています。 そのパトロールへの参加および同時に海鳥の調査も行っています。 パトロールの旗 漁協の人たち 絵本作家の本田さんが中心となり、全国の幼稚園や小学校でエトピリカの絵本の読み聞かせや工作・お絵かきなどで、海鳥を身近に感じてもらう活動を行っています。 絵本の読み聞かせ パタパタエトピリカを作る 環境省などが行う海鳥繁殖地である根室市ユルリ・モユルリ島や厚岸町大黒島の海鳥調査に参加しています。 厚岸町大黒島 根室市モユルリ島 調査のキャンプサイト 2010 年にNPO法人になってからは、浜中町や漁業協同組合の協力のもと、以下の助成などを受けながらエトピリカの保護をはじめ海鳥の調査や保全活動を行っています。 〇環境省 〇環境保全再生機構・地球環境基金 〇前田一歩園財団自然環境保全活動 〇霧多布湿原学術研究 〇コンサベーション・アライアンス・ジャパン・アウトドア自然保護基金 〇東京動物園協会野生生物保全基金 〇タカラ・ハーモニストファンド 〇パタゴニア日本支社・環境助成 〇経団連自然保護基金 〇サントリー世界愛鳥基金 〇イオン環境財団 〇ホック-基金 小島や霧多布岬海域に海上デコイを敷設し、音声装置も活用し繁殖地復活を目指し活動しています。 エトピリカ改良型デコイ ケイマフリ海上デコイ 小島に設置したケイマフリ自動音声装置 音声装置で寄ってきたケイマフリ 改良デコイに来たエトピリカ 霧多布湿原で繁殖するアカアシシギや沿岸で繁殖する海鳥の状況を調査しています。 普通種と考えられていた鳥たちがいつの間にか減少に向かっています。 現状を把握することが必要になっています。 湿原内の調査 沿岸域の調査 島での調査 ボランティア参加による沖合調査 岬からの沿岸調査 識別など勉強会 調査の成果を図鑑にまとめ、浜中町民など広く 配布しました 霧多布小学校での海鳥授業 霧多布小学校での海鳥授業 霧多布岬での観察会 動 過去にコシジロウミツバメやウミスズメの繁殖していた根室の島で、音声装置や巣箱などを使い繁殖地の復活活動をしています。 海鳥用巣箱の設置作業 設置された巣箱 自動音声装置 検討会での国内外の専門家の皆さんの意見や飼育している水族館での聞き取りから、浜中で可能な エトピリカの雛の人為的導入の手法を探りました。 霧多布の現状から 霧多布の小島でエトピリカが繁殖していたのは 2008 年が最後でした。 小島や霧多布岬の旧繁殖地で あるピリカ岩周辺海域には毎年海上デコイを浮かべています。 その海上デコイにはエトピリカが数羽飛来し着水しているのが観察されています。 また小島では島を旋回する行動も見られています。 ただ繁殖ペアがいなくなってしまった現状で数羽の飛来数はあまりにも少なく、繁殖地の復活は現状ではかなり難しいと言えるでしょう。 昨年アメリカから来ていただいた、ニシツノメドリの人為的導入で繁殖地を復活させたプロジェクトの責任者であるクレス博士も、よほどフロンティア精神を持つ!ペアがいない限り自然状態での復活は難しいのではないかとのご意見でした。 霧多布岬でクレス博士(右)と ニシツノメドリの繁殖地復活は 1000 キロ以上 離れた大繁殖地から毎年 200 羽もの雛を移送し行われました。 日本を考えるとロシアの大繁殖地がある北千島から移入するということになるかと思います。 現地への交通事情や資金等、諸々のことを考えるとかなり難しいでしょう。 そこで私共はクレス博士や有識者の方々と協議を重ね、日本では飼育個体の雛の導入が最も現実的な方法ではないかと結論しました。 野生化のように多数はできませんが、体制さえ整えば少数ずつでも長期間に渡っての移入が可能で、資金的にもできるのではないかと考えられるからです。 そういったことが本当に可能なのか? エトピリカを飼育し繁殖もしている東京臨海葛西水族園を 2013 年 12 月に訪問し、飼育担当の方々から 2 日間にわたり聞き取り調査を行いました。 雛の人為的導入とは 雛の人為的導入とはどんな方法で行われるのかを説明いたします。 日本ではアホウドリを鳥島から小笠原に移入するのに取られた手法で、テレビで見られた方もいらっしゃるでしょう。 エトピリカで は行われていませんが、同じ仲間のパフィン類で 同様な生態をもつニシツノメドリと同じ方法でできると考えられています。 ニシツノメドリで最も肝心なのは生後 10 日から二週間程度の雛を現地に移入させることでした。 なぜならそれぐらいの時期にいたところが生まれ故郷となるらしいのです。 ある程度大きくなってしまった雛は、いくら現地で育て放鳥しても戻って来ないことが分かっています。 エトピリカの雛は生後 45 日ぐらいで巣立ち、以後まったく親の世話にならず 1 羽で生きていきます。 そういった生態なので、人工巣穴から巣立つまで人間が親の代わりに餌の面倒を見るだけですむところから人為導入が可能になるのです。 エトピリカの雛(葛西水族園提供) 葛西水族園での聞き取りから 今回の訪問には二つの目的がありました。 一つは、エトピリカ雛の飼育とはどういうものなのか知っておくこと。 もう一つは、はたして水族館の飼育個体から雛移入ができるのかの可能性を探ることでした。 ここのエトピリカはもともとはアラスカの 繁殖地からの移入です。 日本の水族館では他に福島水族館・大洗水族館・鴨川シーワールドにてロシア産のエトピリカが 50羽ほど飼育され繁殖もしているそうです。 葛西では繁殖については多くなりすぎなどの理由により、近年は繁殖数をコントロールしているようです。 葛西ではエトピリカの雛の人工飼育はやったことはないそうですが、ニシツノメドリの人工孵化や雛の飼育は経験があるということでした。 しかし、繁殖中の親の餌運びが少ないときには補助的に餌を与えているそうです。 お話しをお聞きしたところ、エトピリカの雛の飼育に難しいことはないだろうとのことでした。 巣の近くに魚を置いて おくだけで食べてくれるそうです。 餌は冷凍の小魚やオキアミなどにビタミンを振り掛け与えていました。 エトピリカの餌の時間の様子を見せてもらいましたが、時間になるとエトピリカたちは早々と水槽の中で泳ぎ始めます。 これは餌の一部を水槽内にもまくためです。 水槽内を泳ぎ餌を採餌するエトピリカ エトピリカの餌 飼育施設の中からも見学させてもらいましたが、夢中になり餌を食べるエトピリカたちの集団に圧倒されました。 この時期ですからエトピリカは当然冬羽です。 予想以上にくちばしの色がオレンジなのが印象的でした。 今回は飼育担当の方々の個人的ご意見としていただきまし たが、予想以上に興味を持っていただき好意的な内容でした。 現在の動物園や水族館は絶滅危惧種の 保全活動も重点的に考えているのだそうです。 水族館から雛を移入するには、まず遺伝子の問題があります。 エトピリカには亜種はありませんが、遺伝的に遠い場合はまずいのではという意見もあります。 では実際にどのぐらいの差があるのかは調査されていません。 国内で繁殖しているエトピリカはあまりにも少なく、危険を冒してまでサンプルをとるわけにはいかないでしょう。 道東に隣接する近海での死体や北方四島から遠くアラスカまで各地のサンプルを比べてみればどのくらいの差があるのか判明すると考えられます。 もし葛西のエトピリカに遺伝の問題がある場合には入れ替えることは可能だし、葛西が幹事になり各地のエトピリカを飼育している水族館と連携を組むこともできるだろうとのご意見でした。 それまでにも卵の人工孵化や雛の人工飼育などの研究も要請があればできるだろうとのことでした。 まずは遺伝子の調査です。 どうやって小島を再びエトピリカの繁殖地にサンプルを集めるかです。 その問題をクリアできても、葛西のエトピリカを入れ替えると雛が生まれるまで5年はかかるそうです。 そこから始まって放鳥から戻って来て繁殖を現地で始めるまで早くても5年、順調にいっても遺伝子調査までの期間+繁殖まで10年上はかかりますし放鳥を続けていく必要もありますが、霧多布でエトピリカの安定した繁殖地復活には、最も可能性の高い方法だと考えられます。 今後はその実現のため、一歩一歩できることから進めていくことがエトピリカ復活の道だと考えています。

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エトピリカ基金について エトピリカ基金について 7.浜中町でのラッコ調査 NPO法人の前身である任意団体エトピリカ保護基金では、浜中町役場・浜中漁業協同組合・ 環境省・北海道庁などと協力しながら主にエトピリカ保護の活動を行ってきました。 小島では 1995 年からエトピリカを呼び寄せる目的でデコイの設置が始まり、現在では 60 体以上の デコイを設置しました。 対岸のアゼチの岬からや小島での調査は飛来時期である春から夏にかけ 90 日ほど実施しています。 小島とケンボッキ島 デコイ設置作業 デコイ補修作業 小島での調査風景 新たな手法として 1998 年から小島海域に2組の海上デコイを浮かべました。 効果が見られること から毎年期間中に 10 組前後を浮かべエトピリカが反応する姿が見られています。 海上デコイを乗せて 海上デコイを乗せて 海に入れていく 並べて浮かべる 本物が寄ってきた 調査から小島海域での行動範囲が判明し、浜中町広報誌により海域の安全を守るため漁業者に刺し網自粛のお願いを毎年しています。 その呼びかけから発展し、 2006 年には環境省と浜中漁業協同組合でカレイ網において禁止の協定が結ばれました。 毎春に広報します 2000 年、大成建設自然・歴史環境基金の助成により、小島にエトピリカの鳴き声を朝夕に流す音声 装置を設置しました。 ソーラーを電 ソーラーを電源に デコイ上にスピーカ 2002 年、北海道新聞野生生物基金の助成により、網や釣り針にかかり保護されたエトピリカのリハビリ施設をつくりました。 これまでに 10 羽ほどのエトピリカがここから放鳥されています。 リハビリ小屋 内部には水槽 放鳥シーン 2008 年、環境省と共同で旧繁殖地のピリカ岩にデコイを設置し海上デコイも敷設しました。 こちら でも海上デコイに寄り添うエトピリカが見られています。 旧繁殖地のピリカ岩 旧繁殖地のピリカ岩 登山家による設置作業 岬下に海上デコイ 環境省と浜中漁業共同組合の協定によるカレイ網禁止に合わせ、小島海域で違反がないか漁協によるパトロールが行われています。 そのパトロールへの参加および同時に海鳥の調査も行っています。 パトロールの旗 漁協の人たち 絵本作家の本田さんが中心となり、全国の幼稚園や小学校でエトピリカの絵本の読み聞かせや工作・お絵かきなどで、海鳥を身近に感じてもらう活動を行っています。 絵本の読み聞かせ パタパタエトピリカを作る 環境省などが行う海鳥繁殖地である根室市ユルリ・モユルリ島や厚岸町大黒島の海鳥調査に参加しています。 厚岸町大黒島 根室市モユルリ島 調査のキャンプサイト 2010 年にNPO法人になってからは、浜中町や漁業協同組合の協力のもと、以下の助成などを受けながらエトピリカの保護をはじめ海鳥の調査や保全活動を行っています。 〇環境省 〇環境保全再生機構・地球環境基金 〇前田一歩園財団自然環境保全活動 〇霧多布湿原学術研究 〇コンサベーション・アライアンス・ジャパン・アウトドア自然保護基金 〇東京動物園協会野生生物保全基金 〇タカラ・ハーモニストファンド 〇パタゴニア日本支社・環境助成 〇経団連自然保護基金 〇サントリー世界愛鳥基金 〇イオン環境財団 〇ホック-基金 小島や霧多布岬海域に海上デコイを敷設し、音声装置も活用し繁殖地復活を目指し活動しています。 エトピリカ改良型デコイ ケイマフリ海上デコイ 小島に設置したケイマフリ自動音声装置 音声装置で寄ってきたケイマフリ 改良デコイに来たエトピリカ 霧多布湿原で繁殖するアカアシシギや沿岸で繁殖する海鳥の状況を調査しています。 普通種と考えられていた鳥たちがいつの間にか減少に向かっています。 現状を把握することが必要になっています。 湿原内の調査 沿岸域の調査 島での調査 ボランティア参加による沖合調査 岬からの沿岸調査 識別など勉強会 調査の成果を図鑑にまとめ、浜中町民など広く 配布しました 霧多布小学校での海鳥授業 霧多布小学校での海鳥授業 霧多布岬での観察会 動 過去にコシジロウミツバメやウミスズメの繁殖していた根室の島で、音声装置や巣箱などを使い繁殖地の復活活動をしています。 海鳥用巣箱の設置作業 設置された巣箱 自動音声装置 検討会での国内外の専門家の皆さんの意見や飼育している水族館での聞き取りから、浜中で可能な エトピリカの雛の人為的導入の手法を探りました。 霧多布の現状から 霧多布の小島でエトピリカが繁殖していたのは 2008 年が最後でした。 小島や霧多布岬の旧繁殖地で あるピリカ岩周辺海域には毎年海上デコイを浮かべています。 その海上デコイにはエトピリカが数羽飛来し着水しているのが観察されています。 また小島では島を旋回する行動も見られています。 ただ繁殖ペアがいなくなってしまった現状で数羽の飛来数はあまりにも少なく、繁殖地の復活は現状ではかなり難しいと言えるでしょう。 昨年アメリカから来ていただいた、ニシツノメドリの人為的導入で繁殖地を復活させたプロジェクトの責任者であるクレス博士も、よほどフロンティア精神を持つ!ペアがいない限り自然状態での復活は難しいのではないかとのご意見でした。 霧多布岬でクレス博士(右)と ニシツノメドリの繁殖地復活は 1000 キロ以上 離れた大繁殖地から毎年 200 羽もの雛を移送し行われました。 日本を考えるとロシアの大繁殖地がある北千島から移入するということになるかと思います。 現地への交通事情や資金等、諸々のことを考えるとかなり難しいでしょう。 そこで私共はクレス博士や有識者の方々と協議を重ね、日本では飼育個体の雛の導入が最も現実的な方法ではないかと結論しました。 野生化のように多数はできませんが、体制さえ整えば少数ずつでも長期間に渡っての移入が可能で、資金的にもできるのではないかと考えられるからです。 そういったことが本当に可能なのか? エトピリカを飼育し繁殖もしている東京臨海葛西水族園を 2013 年 12 月に訪問し、飼育担当の方々から 2 日間にわたり聞き取り調査を行いました。 雛の人為的導入とは 雛の人為的導入とはどんな方法で行われるのかを説明いたします。 日本ではアホウドリを鳥島から小笠原に移入するのに取られた手法で、テレビで見られた方もいらっしゃるでしょう。 エトピリカで は行われていませんが、同じ仲間のパフィン類で 同様な生態をもつニシツノメドリと同じ方法でできると考えられています。 ニシツノメドリで最も肝心なのは生後 10 日から二週間程度の雛を現地に移入させることでした。 なぜならそれぐらいの時期にいたところが生まれ故郷となるらしいのです。 ある程度大きくなってしまった雛は、いくら現地で育て放鳥しても戻って来ないことが分かっています。 エトピリカの雛は生後 45 日ぐらいで巣立ち、以後まったく親の世話にならず 1 羽で生きていきます。 そういった生態なので、人工巣穴から巣立つまで人間が親の代わりに餌の面倒を見るだけですむところから人為導入が可能になるのです。 エトピリカの雛(葛西水族園提供) 葛西水族園での聞き取りから 今回の訪問には二つの目的がありました。 一つは、エトピリカ雛の飼育とはどういうものなのか知っておくこと。 もう一つは、はたして水族館の飼育個体から雛移入ができるのかの可能性を探ることでした。 ここのエトピリカはもともとはアラスカの 繁殖地からの移入です。 日本の水族館では他に福島水族館・大洗水族館・鴨川シーワールドにてロシア産のエトピリカが 50羽ほど飼育され繁殖もしているそうです。 葛西では繁殖については多くなりすぎなどの理由により、近年は繁殖数をコントロールしているようです。 葛西ではエトピリカの雛の人工飼育はやったことはないそうですが、ニシツノメドリの人工孵化や雛の飼育は経験があるということでした。 しかし、繁殖中の親の餌運びが少ないときには補助的に餌を与えているそうです。 お話しをお聞きしたところ、エトピリカの雛の飼育に難しいことはないだろうとのことでした。 巣の近くに魚を置いて おくだけで食べてくれるそうです。 餌は冷凍の小魚やオキアミなどにビタミンを振り掛け与えていました。 エトピリカの餌の時間の様子を見せてもらいましたが、時間になるとエトピリカたちは早々と水槽の中で泳ぎ始めます。 これは餌の一部を水槽内にもまくためです。 水槽内を泳ぎ餌を採餌するエトピリカ エトピリカの餌 飼育施設の中からも見学させてもらいましたが、夢中になり餌を食べるエトピリカたちの集団に圧倒されました。 この時期ですからエトピリカは当然冬羽です。 予想以上にくちばしの色がオレンジなのが印象的でした。 今回は飼育担当の方々の個人的ご意見としていただきまし たが、予想以上に興味を持っていただき好意的な内容でした。 現在の動物園や水族館は絶滅危惧種の 保全活動も重点的に考えているのだそうです。 水族館から雛を移入するには、まず遺伝子の問題があります。 エトピリカには亜種はありませんが、遺伝的に遠い場合はまずいのではという意見もあります。 では実際にどのぐらいの差があるのかは調査されていません。 国内で繁殖しているエトピリカはあまりにも少なく、危険を冒してまでサンプルをとるわけにはいかないでしょう。 道東に隣接する近海での死体や北方四島から遠くアラスカまで各地のサンプルを比べてみればどのくらいの差があるのか判明すると考えられます。 もし葛西のエトピリカに遺伝の問題がある場合には入れ替えることは可能だし、葛西が幹事になり各地のエトピリカを飼育している水族館と連携を組むこともできるだろうとのご意見でした。 それまでにも卵の人工孵化や雛の人工飼育などの研究も要請があればできるだろうとのことでした。 まずは遺伝子の調査です。 どうやって小島を再びエトピリカの繁殖地にサンプルを集めるかです。 その問題をクリアできても、葛西のエトピリカを入れ替えると雛が生まれるまで5年はかかるそうです。 そこから始まって放鳥から戻って来て繁殖を現地で始めるまで早くても5年、順調にいっても遺伝子調査までの期間+繁殖まで10年上はかかりますし放鳥を続けていく必要もありますが、霧多布でエトピリカの安定した繁殖地復活には、最も可能性の高い方法だと考えられます。 今後はその実現のため、一歩一歩できることから進めていくことがエトピリカ復活の道だと考えています。

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