じん せん かい びょう いん。 印(いん)

疥癬(かいせん)

じん せん かい びょう いん

この質問をどこでしていいのか解らず、セーラームーンで敵が唱えていたので、カテゴリー、アニメで質問させていただきます。 (たぶんオカルトだと思うのですが、、、。 ) 前に子供の本にこの呪文がのっていて、面白い言葉なので子供と覚えて遊んでいました。 それは、主人公の男の子に女の子が勇気を与えるために、この言葉を教えた、というような内容だったと思うのですが、昨年(か一昨年)朝6時半からやっているアニメ、セーラームーンの中で敵がこの呪文を唱えていて驚いてしまいました。 本の中でその女の子(本の作者)が、かってに作った創作言葉だと思っていたのです。 何か意味があるのかなあと思っていろいろ調べてみたのですがどうもよく解りません。 どなたかこの方面に明るい方教えてくださいよろしくお願いします 答えは出ていますが、九字ですね。 仙道に起源を持つ自然の「気」を取り込んで身を守る「魔よけ」のまじないです。 日本には蘆屋道満という陰陽師が持ち込みました。 彼は阿部晴明に敗れましたが彼の伝えた秘術はドーマン 九字 、として残り、修験道、密教に伝えられました。 元は「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」の九字です。 現在日本でよく使われるのは真言宗の「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」(意味は「臨める兵、闘う者、皆、陣を列ねて、前を行く」)です。 文にあわせて手で凡字を象った型を取ります。 こうして気を集中します。 この後、刀(とう)印を結び、気を発して邪を断ちます。 (それがセーラーマーズの言ってた「は!」ですね。 (「か!」じゃないと思いますよ。 ) よーするに「気合い込めてるんです。 」) 密教の九字は伊賀忍法の集中法「九字法」として取り入れられました。 このへんは夢枕獏さんの小説に詳しいですよ。 たぶん「九字」だと思います。 陰陽関係の言葉です。 「九字」とは、横五本、縦四本の棒を引いて書かれ、 九星九宮(きゅうせいきゅうぐう:一白水星・二黒土星・三碧木星・四緑木星・ 五黄土星・六白金星・七赤金星・八白土星・九紫火星)を表しています。 九は陰陽道で言うところの最も極まった数であり、九天、九地など、 九の意味するところは「最大」であり、修験道・兵法では「最強」を意味しています。 もとを辿ると、九字は中国の「抱朴子(ほうぼくし)」という仙道書の 「臨(りん)・兵(びょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・列(れつ)・前(ぜん)・行(ぎょう)」 という九字を唱えて魔を避けることから由来しています。 日本では「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と 唱えて行われた修験道・密教の呪法としても有名です。 この他には、 「青龍(せいりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すざく)・玄武(げんぶ)・空陳(くうちん)・ 南斗(なんじゅ)・北斗(ほくと)・三台(さんたい)・玉女(ぎょくにょ)」と唱える伝もあります。 参考になれば幸いです。 魔よけ、魔性の危機の際に唱えるポピュラーな呪文(?)でしょう。 古くから、(忍者物の)小説などで使用されてます。 自分も覚えてますが、そっちの能力皆無でそういう現象に陥った経験も無いので効果は分かりません! 九字と言いますね。 「抱朴子(ほうぼくし)」仙人向けの本(岩波文庫にあり。 しかし旧字体と活字の印刷が古く読めん!) 臨・兵・闘・者・皆・陣(陳もあり)・列(烈もあり)・在・前をひとさし指と中指を立て他の指は握った状態で最初は右横に「臨」、二番目に上から下に縦に「兵」と直線を動作しながら、順番に縦横の繰返しで最後九番目に5本目の横線をなぞりながら「前」で終わるはずです。 一臨(横線)・ニ兵(縦線)・三闘(一臨の下に横線)と唱えながら、最終的には、横線5本と縦線4本の井桁・やぐら状の図形をなぞり(空中に完成して)終り。 意味は「(魔物を前に)兵隊が集まり、闘いのプロが皆ゾロっと私の前に列をなし陣を組んでるぞ!(だからお前らに勝目は無い!立ち去れー!!! )」と勝手に解釈しときます。 (本来の意味とは近いはずも) 元々中国から伝わり、山岳信仰・修験道・天台宗や密教などの仏教・今ブームの陰陽道に浸透していき、使用する字自体もかなりヴァリエーションが出来てます。 (上記漢字以外に「行」の字も頻繁にあり。 ) 質問のアニメは、(姪がファンで踊ってます。 将来が心配です)知らないので断定出来ませんが、最後の「か」は完成した井桁状の真ん中に点を打つという流派もあるので関係あるのでは? 呪文・お経には、インドなどの梵字の漢訳があるせいか、「音」としてしか意味は無く(早い話が当て字)漢字に意味不明のケースが多いので、勢いとか決めぜりふッポイので「カッ」と口偏に「可」の字か「喝!」の字が予想されます。 よくお坊さん(いい加減な表現ですが)が、「カッ!」と大声で一喝するのに似てると思うし、「あ・うんの呼吸」という時も漢字では「阿」と「吽」です。 (口をあけた時の「阿」、口を閉じた時の「吽」。 東大寺の超有名な金剛力士像がこのポーズです。 ) 以上、回答になってませんが、どうでしょう?(作者に訊くしかないのでは?「ナーム」) A ベストアンサー 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)で九字(くじ)といいます。 この九字は「臨める兵、闘う者、皆陣をはり列をつくって前に在り」と読み、「神様の軍勢が出撃するばかりになってここにいるというほどの意味です。 これを唱えながら、手を縦横に降ったり、指で印を結んだりするそうです。 「ゴロン」はちょっとわかりませんが。 中国の道教思想を元に生まれた魔除けの呪文です。 それが日本に入り、密教に入り、それぞれの宗派によって発達したようです。 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行 りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ぜん・ぎょう というのもあり、これだと読みが「前に行く」となります。 どんなときにどちらを使うのかは知らないですが。 A ベストアンサー 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」の九つの文字から成る密教の邪気を払う真言。 歌舞伎勧進帳で武蔵坊弁慶と富樫の問答の有名な一節です。 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。 それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生霊、立ちどころに亡ぶること、霜に熱湯を注ぐが如し。 実に元品の無明を切るの大利剣、莫耶が剣もなんぞ如かん。 武門にとって呪を切らば、敵に勝つこと疑いなし。 まだこの外にも修験の道、疑ひあらば、尋ねに応じ答へ申さん。 その徳、広大無量なり。 肝にゑりつけ、人にな語りそ、あなかしこあなかしこ。 dion. htm 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」の九つの文字から成る密教の邪気を払う真言。 歌舞伎勧進帳で武蔵坊弁慶と富樫の問答の有名な一節です。 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。 それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生... Q 4年ほど前、京都の紅葉で有名なお寺に行った時の事。 お茶を飲みながら庭の紅葉を十分に堪能して帰ろうとした時、どういう流れかは忘れましたが真言の話を同行者とすることになりました。 (おそらく住職の話に出たか、寺の掛け軸にあったか) で、軽い気持ちで「昔、猿飛佐助のアニメがあって、主人公のサスケが『オン キリキリバサラ ウンハッタ』と唱えて色々な術を使っていたよ」 という話をしました。 また「孔雀王という漫画で『アビラ ウンケン ソワカ』なんても言ってたな」とも。 すると遠くでそれを聞いていたご住職がとんできて 「そういう言葉をみだりに発してはいけない」 という話を15分ほどされました。 そのお寺は紅葉のライトアップなどをしていて、観光地のお金儲けという様相が強かったので、そういう寺の住職が説教するとはよほど重大なあやまちを犯したのかと怖くなってしまいました。 それらの言葉はどんな意味があるのでしょうか。 A ベストアンサー 真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。 で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。 間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。 だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。 天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民の不幸を」なんて間違えてしまったら、その通りになってしまう という感じ? 表は観光地化していても、仕事上みんなの幸せを願う呪文を毎日お仕事として唱えてはいるんじゃないかと。 日本人は映画を観て「サノ〇ビッチとか」「アス〇ール」「ファ〇クユー」とかみだりに言いますが、それをもしアメリカ人に言ったら、ただじゃすまされない事態になってしまいます。 そういった禁句を、日本人がみだりに唱えているのを見て、アメリカ人は複雑な気持ちなんじゃないかと。 知らないからみだりに言えるわけで、時があっていたら、床に叩きのめされてしまうでしょう。 これが言葉の力の恐ろしいところ。 良い呪文であっても、厳かな言葉をみだりに使うってのは、価値を認めていないってことになり、、、、 例えば古代バビロニアあたりでは、神の名をみだりに唱えてはならなかったので、エルとかエールって神を代名詞で呼んでいたんですね。 意味は「我が主」。 ユダヤ人もそれにならって、エルと表記していたのですが、大贖罪をするときは大祭司は神を呼び出すために、神の真名を唱えていたらしいです。 7年に一度後継者に神の本当の名前を教えていたのだそうです。 一般人や他の聖職者にどうして教えなかったのかというと、その言葉をみだりに使われないためと、敵に名前を知られると、神が呪術で呪われてしまうから。 日本も昔<諱>というものがあったそうです。 wikipedia. > 遠山の金さんは、遠山金四郎景元が本名で、景元が諱。 つまり景元が本人の本質を表した文字なので、親とか上司しか知らなかったってわけです。 敵に知られると、呪術で支配されてしまうと信じられていた。 ってことで、この文化の人たちが信じていることを部外者の人がみだりに使うって、よくないんじゃないかと。 例えば、日本人は子供をみて「かわいいなぁ」と左手でなでたりしても問題ないですが、インドでそれやったら、親は烈火のごとく起こる。 文化の違いで、あっちではとんでもないことになるわけです。 真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。 で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。 間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。 だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。 天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民...

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疥癬(かいせん)

じん せん かい びょう いん

この質問をどこでしていいのか解らず、セーラームーンで敵が唱えていたので、カテゴリー、アニメで質問させていただきます。 (たぶんオカルトだと思うのですが、、、。 ) 前に子供の本にこの呪文がのっていて、面白い言葉なので子供と覚えて遊んでいました。 それは、主人公の男の子に女の子が勇気を与えるために、この言葉を教えた、というような内容だったと思うのですが、昨年(か一昨年)朝6時半からやっているアニメ、セーラームーンの中で敵がこの呪文を唱えていて驚いてしまいました。 本の中でその女の子(本の作者)が、かってに作った創作言葉だと思っていたのです。 何か意味があるのかなあと思っていろいろ調べてみたのですがどうもよく解りません。 どなたかこの方面に明るい方教えてくださいよろしくお願いします 答えは出ていますが、九字ですね。 仙道に起源を持つ自然の「気」を取り込んで身を守る「魔よけ」のまじないです。 日本には蘆屋道満という陰陽師が持ち込みました。 彼は阿部晴明に敗れましたが彼の伝えた秘術はドーマン 九字 、として残り、修験道、密教に伝えられました。 元は「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」の九字です。 現在日本でよく使われるのは真言宗の「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」(意味は「臨める兵、闘う者、皆、陣を列ねて、前を行く」)です。 文にあわせて手で凡字を象った型を取ります。 こうして気を集中します。 この後、刀(とう)印を結び、気を発して邪を断ちます。 (それがセーラーマーズの言ってた「は!」ですね。 (「か!」じゃないと思いますよ。 ) よーするに「気合い込めてるんです。 」) 密教の九字は伊賀忍法の集中法「九字法」として取り入れられました。 このへんは夢枕獏さんの小説に詳しいですよ。 たぶん「九字」だと思います。 陰陽関係の言葉です。 「九字」とは、横五本、縦四本の棒を引いて書かれ、 九星九宮(きゅうせいきゅうぐう:一白水星・二黒土星・三碧木星・四緑木星・ 五黄土星・六白金星・七赤金星・八白土星・九紫火星)を表しています。 九は陰陽道で言うところの最も極まった数であり、九天、九地など、 九の意味するところは「最大」であり、修験道・兵法では「最強」を意味しています。 もとを辿ると、九字は中国の「抱朴子(ほうぼくし)」という仙道書の 「臨(りん)・兵(びょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・列(れつ)・前(ぜん)・行(ぎょう)」 という九字を唱えて魔を避けることから由来しています。 日本では「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と 唱えて行われた修験道・密教の呪法としても有名です。 この他には、 「青龍(せいりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すざく)・玄武(げんぶ)・空陳(くうちん)・ 南斗(なんじゅ)・北斗(ほくと)・三台(さんたい)・玉女(ぎょくにょ)」と唱える伝もあります。 参考になれば幸いです。 魔よけ、魔性の危機の際に唱えるポピュラーな呪文(?)でしょう。 古くから、(忍者物の)小説などで使用されてます。 自分も覚えてますが、そっちの能力皆無でそういう現象に陥った経験も無いので効果は分かりません! 九字と言いますね。 「抱朴子(ほうぼくし)」仙人向けの本(岩波文庫にあり。 しかし旧字体と活字の印刷が古く読めん!) 臨・兵・闘・者・皆・陣(陳もあり)・列(烈もあり)・在・前をひとさし指と中指を立て他の指は握った状態で最初は右横に「臨」、二番目に上から下に縦に「兵」と直線を動作しながら、順番に縦横の繰返しで最後九番目に5本目の横線をなぞりながら「前」で終わるはずです。 一臨(横線)・ニ兵(縦線)・三闘(一臨の下に横線)と唱えながら、最終的には、横線5本と縦線4本の井桁・やぐら状の図形をなぞり(空中に完成して)終り。 意味は「(魔物を前に)兵隊が集まり、闘いのプロが皆ゾロっと私の前に列をなし陣を組んでるぞ!(だからお前らに勝目は無い!立ち去れー!!! )」と勝手に解釈しときます。 (本来の意味とは近いはずも) 元々中国から伝わり、山岳信仰・修験道・天台宗や密教などの仏教・今ブームの陰陽道に浸透していき、使用する字自体もかなりヴァリエーションが出来てます。 (上記漢字以外に「行」の字も頻繁にあり。 ) 質問のアニメは、(姪がファンで踊ってます。 将来が心配です)知らないので断定出来ませんが、最後の「か」は完成した井桁状の真ん中に点を打つという流派もあるので関係あるのでは? 呪文・お経には、インドなどの梵字の漢訳があるせいか、「音」としてしか意味は無く(早い話が当て字)漢字に意味不明のケースが多いので、勢いとか決めぜりふッポイので「カッ」と口偏に「可」の字か「喝!」の字が予想されます。 よくお坊さん(いい加減な表現ですが)が、「カッ!」と大声で一喝するのに似てると思うし、「あ・うんの呼吸」という時も漢字では「阿」と「吽」です。 (口をあけた時の「阿」、口を閉じた時の「吽」。 東大寺の超有名な金剛力士像がこのポーズです。 ) 以上、回答になってませんが、どうでしょう?(作者に訊くしかないのでは?「ナーム」) A ベストアンサー 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)で九字(くじ)といいます。 この九字は「臨める兵、闘う者、皆陣をはり列をつくって前に在り」と読み、「神様の軍勢が出撃するばかりになってここにいるというほどの意味です。 これを唱えながら、手を縦横に降ったり、指で印を結んだりするそうです。 「ゴロン」はちょっとわかりませんが。 中国の道教思想を元に生まれた魔除けの呪文です。 それが日本に入り、密教に入り、それぞれの宗派によって発達したようです。 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行 りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ぜん・ぎょう というのもあり、これだと読みが「前に行く」となります。 どんなときにどちらを使うのかは知らないですが。 A ベストアンサー 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」の九つの文字から成る密教の邪気を払う真言。 歌舞伎勧進帳で武蔵坊弁慶と富樫の問答の有名な一節です。 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。 それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生霊、立ちどころに亡ぶること、霜に熱湯を注ぐが如し。 実に元品の無明を切るの大利剣、莫耶が剣もなんぞ如かん。 武門にとって呪を切らば、敵に勝つこと疑いなし。 まだこの外にも修験の道、疑ひあらば、尋ねに応じ答へ申さん。 その徳、広大無量なり。 肝にゑりつけ、人にな語りそ、あなかしこあなかしこ。 dion. htm 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」の九つの文字から成る密教の邪気を払う真言。 歌舞伎勧進帳で武蔵坊弁慶と富樫の問答の有名な一節です。 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。 それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生... Q 4年ほど前、京都の紅葉で有名なお寺に行った時の事。 お茶を飲みながら庭の紅葉を十分に堪能して帰ろうとした時、どういう流れかは忘れましたが真言の話を同行者とすることになりました。 (おそらく住職の話に出たか、寺の掛け軸にあったか) で、軽い気持ちで「昔、猿飛佐助のアニメがあって、主人公のサスケが『オン キリキリバサラ ウンハッタ』と唱えて色々な術を使っていたよ」 という話をしました。 また「孔雀王という漫画で『アビラ ウンケン ソワカ』なんても言ってたな」とも。 すると遠くでそれを聞いていたご住職がとんできて 「そういう言葉をみだりに発してはいけない」 という話を15分ほどされました。 そのお寺は紅葉のライトアップなどをしていて、観光地のお金儲けという様相が強かったので、そういう寺の住職が説教するとはよほど重大なあやまちを犯したのかと怖くなってしまいました。 それらの言葉はどんな意味があるのでしょうか。 A ベストアンサー 真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。 で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。 間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。 だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。 天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民の不幸を」なんて間違えてしまったら、その通りになってしまう という感じ? 表は観光地化していても、仕事上みんなの幸せを願う呪文を毎日お仕事として唱えてはいるんじゃないかと。 日本人は映画を観て「サノ〇ビッチとか」「アス〇ール」「ファ〇クユー」とかみだりに言いますが、それをもしアメリカ人に言ったら、ただじゃすまされない事態になってしまいます。 そういった禁句を、日本人がみだりに唱えているのを見て、アメリカ人は複雑な気持ちなんじゃないかと。 知らないからみだりに言えるわけで、時があっていたら、床に叩きのめされてしまうでしょう。 これが言葉の力の恐ろしいところ。 良い呪文であっても、厳かな言葉をみだりに使うってのは、価値を認めていないってことになり、、、、 例えば古代バビロニアあたりでは、神の名をみだりに唱えてはならなかったので、エルとかエールって神を代名詞で呼んでいたんですね。 意味は「我が主」。 ユダヤ人もそれにならって、エルと表記していたのですが、大贖罪をするときは大祭司は神を呼び出すために、神の真名を唱えていたらしいです。 7年に一度後継者に神の本当の名前を教えていたのだそうです。 一般人や他の聖職者にどうして教えなかったのかというと、その言葉をみだりに使われないためと、敵に名前を知られると、神が呪術で呪われてしまうから。 日本も昔<諱>というものがあったそうです。 wikipedia. > 遠山の金さんは、遠山金四郎景元が本名で、景元が諱。 つまり景元が本人の本質を表した文字なので、親とか上司しか知らなかったってわけです。 敵に知られると、呪術で支配されてしまうと信じられていた。 ってことで、この文化の人たちが信じていることを部外者の人がみだりに使うって、よくないんじゃないかと。 例えば、日本人は子供をみて「かわいいなぁ」と左手でなでたりしても問題ないですが、インドでそれやったら、親は烈火のごとく起こる。 文化の違いで、あっちではとんでもないことになるわけです。 真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。 で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。 間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。 だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。 天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民...

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<りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん、か>について

じん せん かい びょう いん

この質問をどこでしていいのか解らず、セーラームーンで敵が唱えていたので、カテゴリー、アニメで質問させていただきます。 (たぶんオカルトだと思うのですが、、、。 ) 前に子供の本にこの呪文がのっていて、面白い言葉なので子供と覚えて遊んでいました。 それは、主人公の男の子に女の子が勇気を与えるために、この言葉を教えた、というような内容だったと思うのですが、昨年(か一昨年)朝6時半からやっているアニメ、セーラームーンの中で敵がこの呪文を唱えていて驚いてしまいました。 本の中でその女の子(本の作者)が、かってに作った創作言葉だと思っていたのです。 何か意味があるのかなあと思っていろいろ調べてみたのですがどうもよく解りません。 どなたかこの方面に明るい方教えてくださいよろしくお願いします 答えは出ていますが、九字ですね。 仙道に起源を持つ自然の「気」を取り込んで身を守る「魔よけ」のまじないです。 日本には蘆屋道満という陰陽師が持ち込みました。 彼は阿部晴明に敗れましたが彼の伝えた秘術はドーマン 九字 、として残り、修験道、密教に伝えられました。 元は「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」の九字です。 現在日本でよく使われるのは真言宗の「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」(意味は「臨める兵、闘う者、皆、陣を列ねて、前を行く」)です。 文にあわせて手で凡字を象った型を取ります。 こうして気を集中します。 この後、刀(とう)印を結び、気を発して邪を断ちます。 (それがセーラーマーズの言ってた「は!」ですね。 (「か!」じゃないと思いますよ。 ) よーするに「気合い込めてるんです。 」) 密教の九字は伊賀忍法の集中法「九字法」として取り入れられました。 このへんは夢枕獏さんの小説に詳しいですよ。 たぶん「九字」だと思います。 陰陽関係の言葉です。 「九字」とは、横五本、縦四本の棒を引いて書かれ、 九星九宮(きゅうせいきゅうぐう:一白水星・二黒土星・三碧木星・四緑木星・ 五黄土星・六白金星・七赤金星・八白土星・九紫火星)を表しています。 九は陰陽道で言うところの最も極まった数であり、九天、九地など、 九の意味するところは「最大」であり、修験道・兵法では「最強」を意味しています。 もとを辿ると、九字は中国の「抱朴子(ほうぼくし)」という仙道書の 「臨(りん)・兵(びょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・列(れつ)・前(ぜん)・行(ぎょう)」 という九字を唱えて魔を避けることから由来しています。 日本では「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と 唱えて行われた修験道・密教の呪法としても有名です。 この他には、 「青龍(せいりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すざく)・玄武(げんぶ)・空陳(くうちん)・ 南斗(なんじゅ)・北斗(ほくと)・三台(さんたい)・玉女(ぎょくにょ)」と唱える伝もあります。 参考になれば幸いです。 魔よけ、魔性の危機の際に唱えるポピュラーな呪文(?)でしょう。 古くから、(忍者物の)小説などで使用されてます。 自分も覚えてますが、そっちの能力皆無でそういう現象に陥った経験も無いので効果は分かりません! 九字と言いますね。 「抱朴子(ほうぼくし)」仙人向けの本(岩波文庫にあり。 しかし旧字体と活字の印刷が古く読めん!) 臨・兵・闘・者・皆・陣(陳もあり)・列(烈もあり)・在・前をひとさし指と中指を立て他の指は握った状態で最初は右横に「臨」、二番目に上から下に縦に「兵」と直線を動作しながら、順番に縦横の繰返しで最後九番目に5本目の横線をなぞりながら「前」で終わるはずです。 一臨(横線)・ニ兵(縦線)・三闘(一臨の下に横線)と唱えながら、最終的には、横線5本と縦線4本の井桁・やぐら状の図形をなぞり(空中に完成して)終り。 意味は「(魔物を前に)兵隊が集まり、闘いのプロが皆ゾロっと私の前に列をなし陣を組んでるぞ!(だからお前らに勝目は無い!立ち去れー!!! )」と勝手に解釈しときます。 (本来の意味とは近いはずも) 元々中国から伝わり、山岳信仰・修験道・天台宗や密教などの仏教・今ブームの陰陽道に浸透していき、使用する字自体もかなりヴァリエーションが出来てます。 (上記漢字以外に「行」の字も頻繁にあり。 ) 質問のアニメは、(姪がファンで踊ってます。 将来が心配です)知らないので断定出来ませんが、最後の「か」は完成した井桁状の真ん中に点を打つという流派もあるので関係あるのでは? 呪文・お経には、インドなどの梵字の漢訳があるせいか、「音」としてしか意味は無く(早い話が当て字)漢字に意味不明のケースが多いので、勢いとか決めぜりふッポイので「カッ」と口偏に「可」の字か「喝!」の字が予想されます。 よくお坊さん(いい加減な表現ですが)が、「カッ!」と大声で一喝するのに似てると思うし、「あ・うんの呼吸」という時も漢字では「阿」と「吽」です。 (口をあけた時の「阿」、口を閉じた時の「吽」。 東大寺の超有名な金剛力士像がこのポーズです。 ) 以上、回答になってませんが、どうでしょう?(作者に訊くしかないのでは?「ナーム」) A ベストアンサー 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)で九字(くじ)といいます。 この九字は「臨める兵、闘う者、皆陣をはり列をつくって前に在り」と読み、「神様の軍勢が出撃するばかりになってここにいるというほどの意味です。 これを唱えながら、手を縦横に降ったり、指で印を結んだりするそうです。 「ゴロン」はちょっとわかりませんが。 中国の道教思想を元に生まれた魔除けの呪文です。 それが日本に入り、密教に入り、それぞれの宗派によって発達したようです。 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行 りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ぜん・ぎょう というのもあり、これだと読みが「前に行く」となります。 どんなときにどちらを使うのかは知らないですが。 A ベストアンサー 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」の九つの文字から成る密教の邪気を払う真言。 歌舞伎勧進帳で武蔵坊弁慶と富樫の問答の有名な一節です。 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。 それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生霊、立ちどころに亡ぶること、霜に熱湯を注ぐが如し。 実に元品の無明を切るの大利剣、莫耶が剣もなんぞ如かん。 武門にとって呪を切らば、敵に勝つこと疑いなし。 まだこの外にも修験の道、疑ひあらば、尋ねに応じ答へ申さん。 その徳、広大無量なり。 肝にゑりつけ、人にな語りそ、あなかしこあなかしこ。 dion. htm 「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」の九つの文字から成る密教の邪気を払う真言。 歌舞伎勧進帳で武蔵坊弁慶と富樫の問答の有名な一節です。 「九字の大事は深秘にして、語り難き事なれども、疑念を晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。 それ九字の真言といつぱ、所謂、臨兵闘者皆陣列在前の九字なり。 将に切らんとなす時は、ただしく立って歯を叩くこと三十六度、先づ右の大指を以って四縦を描き、後に五横を書く。 その時、急々如律令と呪する時は、あらゆる五陰鬼、煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生... Q 4年ほど前、京都の紅葉で有名なお寺に行った時の事。 お茶を飲みながら庭の紅葉を十分に堪能して帰ろうとした時、どういう流れかは忘れましたが真言の話を同行者とすることになりました。 (おそらく住職の話に出たか、寺の掛け軸にあったか) で、軽い気持ちで「昔、猿飛佐助のアニメがあって、主人公のサスケが『オン キリキリバサラ ウンハッタ』と唱えて色々な術を使っていたよ」 という話をしました。 また「孔雀王という漫画で『アビラ ウンケン ソワカ』なんても言ってたな」とも。 すると遠くでそれを聞いていたご住職がとんできて 「そういう言葉をみだりに発してはいけない」 という話を15分ほどされました。 そのお寺は紅葉のライトアップなどをしていて、観光地のお金儲けという様相が強かったので、そういう寺の住職が説教するとはよほど重大なあやまちを犯したのかと怖くなってしまいました。 それらの言葉はどんな意味があるのでしょうか。 A ベストアンサー 真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。 で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。 間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。 だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。 天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民の不幸を」なんて間違えてしまったら、その通りになってしまう という感じ? 表は観光地化していても、仕事上みんなの幸せを願う呪文を毎日お仕事として唱えてはいるんじゃないかと。 日本人は映画を観て「サノ〇ビッチとか」「アス〇ール」「ファ〇クユー」とかみだりに言いますが、それをもしアメリカ人に言ったら、ただじゃすまされない事態になってしまいます。 そういった禁句を、日本人がみだりに唱えているのを見て、アメリカ人は複雑な気持ちなんじゃないかと。 知らないからみだりに言えるわけで、時があっていたら、床に叩きのめされてしまうでしょう。 これが言葉の力の恐ろしいところ。 良い呪文であっても、厳かな言葉をみだりに使うってのは、価値を認めていないってことになり、、、、 例えば古代バビロニアあたりでは、神の名をみだりに唱えてはならなかったので、エルとかエールって神を代名詞で呼んでいたんですね。 意味は「我が主」。 ユダヤ人もそれにならって、エルと表記していたのですが、大贖罪をするときは大祭司は神を呼び出すために、神の真名を唱えていたらしいです。 7年に一度後継者に神の本当の名前を教えていたのだそうです。 一般人や他の聖職者にどうして教えなかったのかというと、その言葉をみだりに使われないためと、敵に名前を知られると、神が呪術で呪われてしまうから。 日本も昔<諱>というものがあったそうです。 wikipedia. > 遠山の金さんは、遠山金四郎景元が本名で、景元が諱。 つまり景元が本人の本質を表した文字なので、親とか上司しか知らなかったってわけです。 敵に知られると、呪術で支配されてしまうと信じられていた。 ってことで、この文化の人たちが信じていることを部外者の人がみだりに使うって、よくないんじゃないかと。 例えば、日本人は子供をみて「かわいいなぁ」と左手でなでたりしても問題ないですが、インドでそれやったら、親は烈火のごとく起こる。 文化の違いで、あっちではとんでもないことになるわけです。 真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。 で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。 間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。 だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。 天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民...

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