銀木犀の香りが薄れていくように。 佐原秋祭り

ぎゃらりぃ金木犀: 2019年10月

銀木犀の香りが薄れていくように

誕生花はいくつもの説があります。 10月の誕生花は、「秋桜 コスモス 」だと思っていたのに、他のところで見たら、「ガーベラ」だった・・・なんて事も。 誕生花にはいくつか説がありますが、これは花屋さんの事情が関係しているようです。 たくさんある誕生花の中から、自分の好きなものを覚えておいてはいかがでしょうか。 6800円 2062円 1365円 735円 714円 1円 紅葉葵 もみじあおい /温和、パンパスグラス/光輝、菊 きく 紅/愛情 10月2日 コリウス/善良な家風、白桔梗 しろききょう /ユートピア、杏 あんず /乙女のはにかみ 10月3日 男郎花 おとこえし /野性味、太藺 ふとい /肥大、紅葉 もみじ /自制 10月4日 狗尾草 えのころぐさ・猫じゃらし /遊び、コスモス 赤 /愛情、西洋唐花草 せいようからはなそう /無邪気 10月5日 枸杞 くこ /お互いに忘れましょう、松虫草 まつむしそう /恵まれぬ恋、棕櫚 しゅろ /勝利 10月6日 金木犀もくせい /謙虚、榛 はしばみ /仲直り 10月7日 キウイ/ひょうきん、槍鶏頭 やりげいとう /気取り屋、樅 もみ /高尚 10月8日 野牡丹 のぼたん /自然、玉羊歯 たましだ・タマシダ /のん気、パセリ/勝利 10月9日 杜鵑草 ほととぎす /永遠にあなたのもの、コキア/私はあなたに打ち明けます、茴香 ういきょう /賞讃 10月10日 松茸 まつたけ /控えめ、秋明菊 しゅうめいぎく /利益、メロン/飽食 10月11日 茜 あかね /誹謗、数珠玉 じゅずだま /恩恵、禊萩 みそはぎ /愛の悲しみ 10月12日 唐辛子 とうがらし /旧友、苔桃 こけもも /反抗心 10月13日 ネリネ/幸せな思い出、実葛 さねかずら /再開、下野草 しもつけそう /整然とした愛 10月14日 テランセラ/変身、菊 きく 白/真実 10月15日 秋明菊 しゅうめいぎく /薄れゆく愛、目箒 めぼうき・バジル /よい望み 10月16日 錦木 にしきぎ /魅力を心に刻む、紫式部 むらさきしきぶ /聡明、苔薔薇 こけばら /無邪気 10月17日 葡萄 ぶどう /信頼、水引 みずひき /祭礼、野菊 のぎく /障害 10月18日 綿 わた /繊細、アリッサム/優美な美しさ、蔓苔桃 つるこけもも /心痛のなぐさめ 10月19日 苦瓜 にがうり /強壮、ポンポンダリア/感謝、鳳仙花 ほうせんか 紅/私に触れないで 10月20日 竜胆 りんどう /正義、ホクシア/信頼した愛、麻 あさ /運命 10月21日 竜胆 りんどう /正義、ホクシア/信頼した愛、麻 あさ /運命 10月22日 見せばや みせばや /静穏、金木犀 きんもくせい /陶酔、沢瀉 おもだか /信頼 10月23日 木通 あけび /才能、紅葉 もみじ /自制、朝鮮朝顔 ちょうせんあさがお /愛敬 10月24日 栗 くり /私を公平にせよ、白菊 しろぎく /誠実、梅 うめ /高潔な心 10月25日 茴香 ういきょう /よい香り、銀木犀 ぎんもくせい /気を引く、楓 かえで /遠慮 10月26日 臭木 くさぎ /運命、弁慶草 べんけいそう /安静、酸葉 すいば /情愛 10月27日 七竈 ななかまど /慎重、日日草 にちにちそう /楽しい思い出、野薔薇 のばら /詩 10月28日 紫蘇 しそ /善良な家風、木槿 むくげ /デリケートな美 10月29日 銀杏 いちょう /鎮魂・長寿、錦木 にしきぎ /危険な遊び、西洋林檎 せいようりんご /導かれるままに 林檎 りんご /名声、銀杏 いちょう /鎮魂・長寿、ロベリア/悪意 檀・真弓・檀弓 まゆみ・マユミ /魅力を心に刻む、カラー/熱血 誕生花が1日1つではないように、花言葉も何種類もあります。 どうして1つではないんだろうと不思議に思っていましたが、花言葉の由来というのは、その花を見てどう感じたかで花言葉が決まったようです。 そのため、地域や伝説や小説などから引用したもの、また、世界各国の花言葉があるので調べてみると何種類も出てくるというわけです。 ドラマ「風のガーデン」で出てきた花言葉も、今は亡き緒形拳さん演ずる貞三先生がインスピレーションで決めた花言葉でしたよね。 そもそもは、倉本先生が考えたものなんですが。 風のガーデンでは、チューリップの花言葉は『皇后陛下の衣装箱』でした。 さまざまな花の色を持つチューリップならではの花言葉ですよね。

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10月の誕生花と花言葉

銀木犀の香りが薄れていくように

週の半ばに、他の患者さんのことで何かうるさかったらしく、トマ女さんが眠れなかった夜がったそうだ。 それからというもの、昼行灯のような感じで、リハビリをしてもすぐに眠くなる。 水頭症が完全には治っていないから、普段からその傾向はあるものの、食事も自分で食べなくなってしまったという。 今日、お見舞に行ってみると、思った以上に元気がない。 なんとか笑顔は作るものの、顔色も悪いし、声も出さない。 痰がからんでいるのと、水洟が出たので、看護師さんに相談すると、すぐに体温を測ってくれた。 すると37度。 平熱が36度ちょうどくらいのトマ女さんには、微熱だけれど、調子には影響する程度ではある。 インフルエンザの予防接種はしたのだけれど…。 日中は暖かい日もあるけれど、朝晩はめっきり冷え込むようになっている。 空調がきいている病院とはいえ、夜中の病室は意外に寒かったりするようで、お隣の患者さんのご家族も「寒がりですから」と、あれこれ布団の調整をお願いしたり、持ち込んだり。 まずはトマ女さんに厚着をさせて、休んでもらおうと引き上げた。 でもちょっと心配。 遅めの七五三のお祝いで着飾った子供たちが病院にも来てくれて、いつになく賑やかな病棟。 子供が大好きなトマ女さんは、カッコイイ兜の柄の羽織を着た男の子には「よーく見せて」と話しかけたり、小さい女の子には「握手しよう」なんてめずらしく積極的に声をかける。 いい調子かなと思って、柿を送ってくれた女学校時代のお友達にお礼の電話をかけると、相手の方も少し耳が遠いような感じもあるのかもしれないが、トマ女さんは以前の会話力が発揮されない。 電話口で何かしら話していたようだけれど…。 それでも自主リハと称して、今日は久しぶりに書字練習。 文字にはとても興味を示して、読むことはできるし、書こうとはするのだけれど、なかなか手が動かない。 失行の一種ともいえるのだろうか?やっと書き始めても、途中で迷って終わってしまう。 あれこれ考え込んでしまっているようだ。 今年の年賀状には一言ずつ書いて出せたのだけれど、来年分はちょっと無理そうだ。 くやしいけれど、それが現実。 トマ女さんの笑顔が見れるのだから、それをまずは喜ばないと…。 PTは午前中にあることが多いので、あまり見る機会がないけれど、今日は久しぶりに状況確認のため見学しました。 一番嬉しかったのは、トマ女さんがマッサージをしてもらう台に座って、自分で前屈姿勢をとて靴を脱いだこと。 元々身体が柔らかいトマ女さんですが、コルセットがあれば前屈はできない。 ましてや痛みがある段階では絶対にしたがらなかったこの動作が、自然と痛みも無くできていた これで忘れもしない7月初旬の転倒による圧迫骨折が完治したであろうことを、家族としても実感。 コルセットをはずして1ヵ月半になるけれど、これでようやく安心してコルセットを持って帰ってきれいにできる。 今日は全体的にも調子がよく、PTでは後ろから支えてもらっての歩行練習をしたり、OTでは輪投げ風の道具に、上体を傾けて輪をかけていく動作練習もした。 注意障害でなかなか思うように動いてくれないこともあるトマ女さんだけれど、この練習はとても集中してでき、上半身や腕のストレッチ、椅子からの立ち上がり動作に近いこと、左側視野の矯正、身体のバランスをとることなど、いろいろなことのリハビリになる気がする。 ADL重視のリハビリでトイレや歯磨きなどの練習も大切だけれど、こういうシンプルだけれど動作そのものを繰り返し練習できるリハビリの方が、身体機能の回復として有効な場合もあるのではないだろうか?限られたリハビリ時間だからこそ、さまざまなアプローチの中から、その人の状態に合わせて進めていってもらえたら一番いい。 入院から2ヶ月弱で、入院時以来の主治医様との面談があった。 穏やかそうな先生で、確か1回くらい立ち話をしたことがあったけれど、本当にお医者さんと家族が話す機会ってなかなかないもの。 病棟で見かけても、パソコンとにらめっこしていることが多い気がするのは、たまたま?午前中のほうが活動的(?忙しそう?)なのは確かだけれど。 トマ女さんの状態は、改善していることは確かだけれど、家族が期待したよりずっとずっとゆっくりだ。 「リハビリテーション総合実施計画書」を見ながら説明を頂く。 ADL評価でも運動項目と認知項目ともにわずかばかり点数が上がっただけ。 実はリハビリに関しては、昨年いた隣県の病院でのトマ女さんの回復がとても大きかった。 リハビリの権威という先生がいらしたとき、トマ女さんを見てくれて「この人は歩ける」と評価をしてくれたそうだ。 それからはPTは全て歩くための練習を積み重ねて、本当に歩けるようになったのだった。 安定するまでは半年くらいかかったけれど。 トマ女さんの今の状態が、1年前とは違うということはわかっている。 でも、その病院でやっていたようなリハビリをやってもらえないか、とてもとても気をつけながら、例として言ってみたけれど、正面から受け付けてもらえない感じ。 専門家に意見するなんて煙たがられて当然だけれど、医師や療法士の見立てが人によってかなり違うことは我が家でも経験済みだし、多くの闘病記にも書いてある。 だからこそ、なんとか可能性を最大限試したいのだけど、なかなか…。 だから療法士の方々とはコミュニケーションを大切にしている。 主治医様を見かけたら、とっておきの笑顔で微笑んで、愛想良く話しかけてみようか、今度 インフルエンザの予防接種の申込書と問診表が来ていたので、トマ女さんと一緒に記入に挑戦してみた。 シャントの再手術後、トマ女さんは左半側空間無視がひどく、用紙の記入枠などもずれて認識をしていたので、家族リハビリで書字練習は再開していない。 そろそろどうだろうという思いもあったが、いきなりはどうかと思い、氏名や生年月日などはトマ女さんに答えてもらって私が記入し、問診項目も読んでから答えてもらうことにした。 今日は年齢もすんなり。 生年月日から入ると大丈夫なのだろうか?「74歳」と書き込むと、それを見て「74歳だって、いや~ねぇ」と自分で苦笑い。 「これまでにインフルエンザ予防接種の後、具合の悪くなったことがある」という質問には、「ある」と答えたので、少し驚いて聞いてみると「熱が少し出た」ということ。 ただし3回くらいはできたけど、次第に姿勢が崩れてしまって続かなかったのが残念。 質問の答えを引き出すのにも手間取ったりしていたから、トマ女さんの疲労度は増してしまい、どんどん姿勢が左下がりになってしまった。 この状態を去年いた病院のケアスタッフの方たちが「斜めってる」と言っていたので、つい私たちも「ホラホラ、トマ女さん、斜めってるよ!」などと言ってしまう。 最近、何度か左傾気味になるトマ女さんは、これを耳にしては「なんて日本語使ってるの。 『斜めってる』なんてどこの言葉なの?」と苦言を呈する。 しまいには「予防接種はしない」なんて言い出してしまった。 まず… ちょっと疲れさせすぎてしまったようだ。 コルセットが取れてから、リハビリがハードになってきているようです。 ふと気づいてみると、トマ吉さんとトマ女さんの結婚記念日が近づいていた。 落ち着いて考えれば、なんと50周年!金婚式じゃないの というわけで、ささやかながらお祝いランチを計画することにして、トマ女さんに希望を聞いてみようと四苦八苦。 なぜかというと、トマ女さん、いつもは自分の年齢はだいたい言えるのに、今日はとぼけてばかり。 そのくせ「結婚したのはいくつ?」ときくと「24」と何度聞いても間違えない。 頭の体操で「74引く24は?」といっても、ちょっと難しい。 そこで「7引く2は?そろばんだと…」と、想像を促してみたら「5」とちゃんと答えが出た 面倒になると「電卓持ってきて」などと言ったりもするトマ女さんとの会話は、なかなか楽しめる。 食べたい物をしつこく聞いたら「美味しいお鮨っていってるでしょう」ですって。 「この前のときにも、上鮨を取ってくれて食べたじゃない。 」などと、どうやら去年の話を覚えているらしい。 そして「こういうことはね、お前たちがお膳立てをすることでしょう。 お父さんは『あいつらは自分たちでお金を出す気もないくせに』なんていってたわよ。 」と、お小言まで頂戴してしまった。 トマ吉さんがまさしく言いそうなことだけに、トマ女さん、しっかりしすぎ さらには夕べの話で、「昨日、 ひーひーって泣いていたでしょう。 二階に行ったら聞こえたよ」なんてことも言った。 実は夕べ、トマ女さんが発病前に無理してくれたことを思い出して、久しぶりにベッドの中でめそめそした私でした。 だから、なんか本当にトマ女さんが全てお見通しみたいに思えて、またうるうるとしてしまった 金婚式ランチは来週です。 お洒落して お出かけしよう トマ女さんの入院している回復期リハビリ病棟には、いろいろな方がいる。 年齢の高い方が多いけれど、結構若い方もいて、特に事故か何かで怪我の手当てもまだ続いている方など、身体の機能のリハビリだけが必要と思われる方も何人もいる。 意識や認知レベルがトマ女さんとあまり変わらないと思われる患者さんでも、日中は「普段着」というか「トレーニングウェア」というか、寝巻きとは違ったものを着ている方も少なくない。 ところが、トマ女さんはいつもパジャマばかり。 入院時にトレーニングウェアも持ってきているので、リハビリを兼ねて着替えることにした。 立ち上がってもらうと、随分安定して立っていられることも確認。 外はど風が冷たいので、ロビーのソファでタレントさんが料理対決するテレビ番組を、おしゃべりしながら見て過ごした。 いろんな食材が出てきて、調理されていく映像は、お料理も上手だったトマ女さんには十分に刺激になったらしく、最後には疲れてしまって、車椅子への移乗が大変になってしまった。 それでお夕飯まで横になってもらったのだけれど、着替える元気も残っていない。 看護師さんにその後をお願いしながら、日中はパジャマでない方がいいのではないかとそれとなく聞いてみた。 別の病院の回復期リハ病棟にいたときは、生活リハビリの一貫で着替えすることが決まりになっていたから。 すると、看護師さんは「トマ女さん、着替える?」と尋ねてきた。 うとうととしていたトマ女さんは首を横に振る。 なるほど、ここでは患者の意思に任せるということか。 元来はお洒落で、服を買うのが大好きだったトマ女さんですが、身体が思うように動かないこともあってか、「着替えたい」とあまり思うことがない。 それだけでなく、「自発性」がとても弱くなっていることは、リハビリでも指摘されている。 食事に関しては、殆どの場合意思を持って食べているはず。 OTでやってもらっているお化粧も、道具を持たせてあげれば一生懸命するけれど、自分から「お化粧しなきゃ」という意思の発露ではない。 お膳立てをしてあげなければ、意思が引き出されないといった感じだ。 そのくせ、眉、口紅とつけると、「頬紅が欲しい」と希望したり、洗面台を使った後は、自分の手を拭くのもそこそこに、ペーパータオルで周りを拭かずにはいられない。 意思がないわけではないのだから、それが出しやすい環境を作ってあげることが大切なんだろうと思う。 そして、それはきっと、家にいた方がそういう機会は自然と多くなることは間違いない。 トマ女さんの自宅再復帰は、一体いつになるのだろう… 先週の旅行中、一応何枚か写真は撮った。 トマ女さんとトマ吉さんのツーショットや、トマ女さんとお兄さんたちとのツーショットとか…。 なかなかいい笑顔の写真が撮れていたので、プリントしてトマ女さんに見せてきました。 (介助優先モードだったので、とってもベタな写真ばかりで、ちょっとご紹介できません。 ごめんなさい!! ) リハビリのOT士やST士が通りかかって、話しかけてくれたり、同じ病棟の入院患者さんも興味津々で覗きに来たりしてくれる。 そこで旅行の話をしてもらおうとするのだけれど、正解もあれば、別のときの旅行の話とごっちゃになってしまうのでした。 ST士:旅行はどちらに行かれたんですか? トマ女:えーっと、福島とか仙台とか… (いえいえ、正解は新潟です) ST士:何に乗っていかれたのですか? トマ女:列車でね。 ST士:どんな列車だったのですか? トマ女:あの…ほら、お座敷列車っていう… ST士:どなたといかれたんですか? トマ女:うちは兄弟が多いから… ST士:いいですね、皆さん仲よさそうで。 こういう旅行はよくされるんですか? トマ女:このときはね、娘の旦那さんの関係の宿泊施設があって… (それはトマ吉さんの喜寿を祝っての旅行です。 ) ST士:旅行はいつだったんですか? トマ女:うーん、そうねぇ… もう1週間くらいになるかしらねぇ… この会話の中では、写真にお座敷列車内のものがあったから、それは正解できたのだと思うし、「兄弟が多い」というのは決まり文句のような答え。 でも旅行が1週間前というのが分かったというのが、私にとっては回復の手ごたえと思えました。 楽しい旅行の記憶が、トマ女さんの頭の中でぐるぐると巡って、一緒になってしまうみたい。 でも、姉の旦那さんの勤め先は敢えて言わずに説明しようと、言葉を選んだり(もしかしたら名前が出てこなかっただけ?)するところなど、トマ女さんらしい話し方。 ゆっくりゆっくりだけど、取り戻しているものは確かにある。 日曜日はリハビリがないので、家族でできる軽い運動を心がける。 今日は私が着いたときには、テーブル越しに別の患者さんとおしゃべりをしていたトマ女さん。 その方とはグループSTも一緒なので、まるで茶飲み友達 のようにのんびりと、2人とも笑顔で話していた。 「何の話をしているの?」と尋ねると、「孫の話をしているんですよ」とのこと。 トマ女さんはまだ声の出方にムラがあるので、なかなかスムースな会話ではないけれど、ちょっといい雰囲気。 この病院では、少し前から「朝の会」として朝食後の時間のグループリハビリとして、軽運動 、歌 、日にちの確認などを始めている。 成果が見えたのだろう、週2回から始まったのが、今度からは毎日になるようだ。 社会性のリハビリになるだろうし、患者同士も話をしやすくなる感じがする。 その後、トマ女さんが自分から「トイレ」と行ったので用を済ませてから、気分転換に1階のロビーへ。 ちょっとした売店があり、 洋服などもかかっている。 旅行で久しぶりにちゃんとした服を着たので、お洒落する積極性が出てきたのか、「服を見る」と言い出した。 ちょうどいいので、ほんの少し歩いて、立ったままでハンガーにかかったブラウスなどを繰りながら、「シフォンみたいね」とか、「この色はちょっときれいね」とか、「結構いいお値段ね」などとおしゃべり。 それから、隣接する、以前お世話になった老健のケアスタッフの方が見えたのでご挨拶。 自宅に戻ってから、骨折、入院などを私が説明し、手術で髪が短いことを言うと、「びっくりするほど短いのよ。 今度見せてあげるわね。 」などとはっきりしゃべったトマ女さん。 順調順調、と喜ぶ一方、旅行の話は少しずつ薄れてきてしまい、なかなかあれこれの話題を切り替えられない状況も見えてくる。 香りが漂いだしてもう5日くらいたつから、もう終わりに近いけれど、金木犀をトマ女さんのところに一枝もって行った。 我が家の金木犀は今年も良く咲いている。 お花が大好きなトマ女さんは、とっても雄弁になり、話しかけてくれる人に木犀の思い出話を一杯お話した。 今年、私が気づいたのは、確か8日の夕方。 庭先に面した部屋の中まで甘い香りが漂ってきた。 翌朝、雨戸を開けたときには、爽やかな空気の中で、夕方と違ったすがすがしさのある香りが庭中一杯に広がっていた。 「なぜか夕方香る気がするのよね。 」とはトマ女さん。 「この香りが好きで、花が散ると、下に金色の絨毯のように丸く敷きつめられるようになって、もったいないからって、それを集めて缶に入れると、もう少し楽しめたのよね。 」などとも。 医師との面談の日を調整に来たMSWさんにも、「金木犀もいいけど、銀木犀もあるのよ。 」と薀蓄モード。 「この辺では銀木犀はあまり見ないけれど、九州には銀木犀が沢山あって、私も九州で初めて銀木犀があるって知ったのよ。 」とどんどん話しだす。 「香りはね、金木犀の方が強いかな。 花の色とも関係あるのかもしれないけど、銀木犀の方がやさしい品のある香り。 金木犀もいい香りだけど、家の娘は『トイレの消臭剤の匂いに似ている』なんていいうのよ…」なんてことまで 確かに、もう何十年も前にそんな話もしたかもしれないけど…。 そして、私の記憶も小学校5-6年を過ごした熊本の銀木犀の木立と香りを、懐かしい思い出たどってしまった。 そんなノスタルジーに浸っていると、エスカレートしたトマ女さんは、好きなはずの金木犀の香りも、「ちょっと甘さが強いから…」なんて余計な? ことまでしゃべりだす感じに。 ま、この辺で収めておいた方がいいでしょう、と、話題を変えました。 でも、こんなに沢山説明ができるなんて、ちょっとびっくり posted by.

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誰が為に君は舞う

銀木犀の香りが薄れていくように

ご遺影写真といえば以前はご家族や身内の結婚式で撮った集合写真からや 記念写真の中から、といった方が多くいらっしゃいました。 男性はスーツでネクタイ姿だったり、女性はお着物姿だったりと どちらかといえばかしこまった姿のご遺影が多かった印象があります。 近年では、施設の方と撮られた明るいはじけた笑顔のお写真や お孫さんと撮られたにこやかな笑顔のお写真など、普段の故人様を感じられる表情のご遺影写真が多くなってきました。 ある方は「母はこの頃の写真が一番お気に入りだったんです。 」とお母様の20代のころのお写真でお作りになられました。 ずっと残る写真だからこそ、その人が一番その人らしい写真を残し、 ご仏壇にお参りするときに見つめると、そばにいてくれているように感じられる そんなご遺影も素敵ですね。 雨の日にご葬儀されたご遺族様で「よく降るわ~きっと涙雨ね」と話してらっしゃることもありました。 それとは逆に、通夜葬儀中は雨が降っていたのに出棺の際にはきれいに上がることもありったり... 「きっとおじいちゃんが私たちば濡れんごとしてくれたとやね」とお孫さんが話されていたのも印象的でした。 以前「お参りや法要はもちろん、なにより故人様を思い出すことが一番の供養になる」と聞いたことがあります。 こんなふうに あの時の天気はこうだったね、ああだったね、と故人様のことを思い出すひとつのきっかけとなるのも 素敵なことかもしれませんね。 2020年6月21日|13:19 今回は弊社スタッフが父を見送った時の体験をお話しさせて頂こうかと思います。 子供としていつかは親を送る側になる。 そうは思っていたものの、その「いつか」はある日突然でした。 ある日父が亡くなったと連絡があり、訳も分からぬまま母と警察署に向かいました。 「まさかこんな急に... 」と家族皆混乱しながらも、大急ぎで近辺の葬儀社に連絡し、署から自宅に一度安置してもらう流れに。 その間も葬儀についての打ち合わせや親戚への連絡など、大人たちが慌ただしく準備に追われているのを記憶しています。 初めは近しい身内で送ろう、連絡はしないように。 と話し合っていましたが、情報を聞いてうっかりほかに話してしまった人がいたようで、人づてに話が伝わり、隣組から友人、遠縁の親戚など だれだれが来る、そしたらあれも用意しないと... あれをあそこに頼んで... などと父のことよりも準備で大忙し。 子供心に「お父さんのためお葬式なのになんで他のことでみんなバタバタしてるんだろう。 」と考えていました。 その後斎場に移動し、昔の同窓生など様々な方がお参りに来てくれる流れになり、 使用するホールを参列者の規模に合わせ大きなものに変更することに。 勿論、変更するということはその分葬儀費用も当初よりかかってくるということで...。 父を見送るために忙しい中わざわざ来ていただいた方々には大変ありがたかったのですが、 対応に追われる家族、息子を亡くし憔悴し頭も混乱したままの祖母が通夜後、親戚に来てくれたお礼を言いながら気丈に料理やお酒をふるまう姿をを見て、祭壇の父を見つめながら、「なんだかなぁ、お父さんどうなのこれ。 お父さんを送るのがほんとの目的なんじゃないの?宴会みたい。 」と複雑な気持ちでした。 この場合は父もまだ若く、突然で事前に相談などできない状態でしたが、 もしもこれが闘病中であったり、そろそろ見送ることについて考えておこうかな。 と考えていた年齢の場合であったなら。 きっと、事前に相談していたら、結果はもっと違う形になっていたと思います。 白香苑で事前にご相談され、ご葬儀される方からいただくお言葉の中に 「故人とゆっくり最後の時間を過ごせてよかった... 」 「まるで自宅にいるようにくつろぐことがでた。 」 「思っていた通りの葬儀ができました。 」 と言っていただけることが度々あります。 事前に相談しているからこその、もしもの時の安心。 皆さまに心からご安心していただけるよう、白香苑は誠心誠意ご対応させていただきます。 どんな些細なことでも構いません。 24時間365日いつでもご相談下さい。

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