ターシャ テューダー 死因。 ターシャ・テューダーの絵本|大人も癒されるアメリカの絵本作家|cozre[コズレ]子育てマガジン

ターシャ・テューダーが貫いた自立と自然の暮らし。70年間続けられた理由は「好きだから」

ターシャ テューダー 死因

相原 真理子(あいはら まりこ、 - )は、日本の。 ライトノベルの( - )は別人。 人物 [ ] 生まれ。 文学部英文科卒業。 卒業後すぐに結婚し2児をもうけるが、翻訳教室に通い『』の翻訳者となる。 から翻訳を刊行し始め、に『リーダーズ・ダイジェスト』が廃刊になると独立して翻訳に専念、推理小説、実用書などを訳すようになる。 の訳者として知られる。 、のために自邸にて死去。 62歳没 翻訳作品 [ ]• モデル志願 イヴォンヌ・グリーン 小学館 1982. 12 (スイートドリーム)• ダメな犬はいない バーバラ・ウッドハウス 講談社 1984 のち文庫• アキレス・シンドローム 愛される自分に生れ変わる ハロルド・ブルームフィールド 二見書房 1985• ターミナル・ケア イギリスのホスピス・ムーブメントに学ぶ デレク・ドイル編 メヂカルフレンド社 1986. Loving each other レオ・ブスカリア 共訳 講談社 1986. 2 (近映文庫)• ブーン わが企業買収哲学 T. ブーン・ピケンズ Jr. 早川書房 1987. ニューヨーク・猫物語 クリーブランド・エイモリー 二見書房 1988. 料理上手は殺しの名人 バージニア・リッチ 講談社 1988. 2 (海外ミステリー)• 成功者たち 米国ビジネス界のピーク・パフォーマーズ チャールズ・ガーフィールド 平凡社 1988. いい女の殺し方 ドロシー・カネル 講談社 1988. 4 (海外ミステリー)• 容疑者 偽りの法廷 マーティン・マイヤーズ 二見文庫 1988. 慟哭の部屋 バーバラ・ピーボディ 新潮文庫 1989. 外科医 リチャード・カリール 平凡社 1989. 英会話リズムワールド リズムにのってラクラク話せる 深沢俊昭、ケニー・沖本 深瀬正子共訳 アルク 1989. 8 (地球人ブックス)• ニューヨーク獣医物語 シティ・ベットの冒険 スティーブン・クリトシック 平凡社 1990. ペテン師対USA レオン・ランカスター 二見文庫 1990. ポールとジョアン 夫妻の仕事と生活 ジョー・モレラ、エドワード・Z. エプスタイン 早川書房 1990. 過去にあてた手紙 バーバラ・デリンスキー ハーレクイン、 1991. 検屍官 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 1992. つむじ曲りな猫物語 クリーブランド・エイモリー 二見書房 1992. ネコの偏差値 ピーター・マンデル、安生和之 講談社、 1992. 白い眠り レイア・ルース・ロビンソン 新潮文庫 1992. 精神病棟 スティーブン・B. シーガー 平凡社、 1992. 証拠死体 P. コーンウェル 講談社文庫 1992. ロンドンの二人の女 ミズ・ジキルとミセス・ハイドの不思議な事件 エマ・テナント 白水社 1992. 遺留品 P. コーンウェル 講談社文庫1993. 魔法の銀の靴 エリザベス・コダ=カラン 二見書房 1993. 真犯人 P. コーンウェル 講談社文庫 1993. シーゲル博士の心の健康法 バーニー・S. シーゲル 新潮文庫 1993. 災いを秘めた酒 ケイト・チャールズ 創元推理文庫 1994. FBI心理分析官 異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 ロバート・K. レスラー、トム・シャットマン 早川書房 1994. 4 のち文庫• ズラータの日記 サラエボからのメッセージ ズラータ・フィリポヴィッチ 二見書房 1994. 妊娠したクマとザリガニの目 ポール・シュレリー 白水社 1994. 死体農場 P. コーンウェル 講談社文庫 1994. カモメの離婚 ウィリアム・ジョーダン 堀内静子共訳 白水社 1994. 有罪立証 クリスティン・マグワイア 扶桑社 1995. 7 (扶桑社ミステリー)• 私刑 P. コーンウェル 講談社文庫 1995. 赤ちゃん使用説明書 アン・ラモット 白水社 1996. 死因 P. コーンウェル 講談社文庫 1996. プレッシャー・ドロップ P. エイブラハムズ 講談社文庫 1996. の世界 ニューイングランドの四季 ターシャ・テューダー、リチャード・ブラウン 文藝春秋 1996. ナンタケットの霧 フランシーヌ・マシューズ 集英社文庫 1997. 接触 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 1997. 死の誘い ケイト・チャールズ 創元推理文庫 1998. 業火 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 1998. 嫌われものほど美しい ゴキブリから寄生虫まで ナタリー・アンジェ 草思社 1998. スズメバチの巣 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 1998. ターシャ・テューダーのクックブック 文藝春秋 1998. 警告 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 1999. 妄想 彼女はなぜ狙われたのか ジョン・ダグラス、マーク・オルシェイカー 小林宏明共訳 角川春樹事務所 1999. 8 (扶桑社ミステリー)• フィッシュ! ・ランディン、ハリー・ポール、ジョン・クリステンセン 早川書房 2000. 審問 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 2000. ターシャ・テューダーのドールハウス ミニチュアの世界 ハリー・デイヴィス 文藝春秋 2000. 黒と青 アナ・クィンドレン 集英社 2001. 気になる夢、本当になる夢 臨床心理学による実践夢判断 デイヴィッド・ライバック、レティシャ・スワイツァー 早川書房 2001• 幸せへの扉 世界一小さなアドバイス アナ・クィンドレン 集英社 2001. ターシャ・テューダーの人生 ハリー・デイヴィス 文藝春秋 2001. フィッシュ! ぴちぴちオフィスの成功例一挙公開 実践篇 スティーヴン・C. ・ランディン他 早川書房 2002. 耳の聞こえないお医者さん、今日も大忙し フィリップ・ザゾヴ 草思社、 2002. 切り裂きジャック パトリシア・コーンウェル 講談社 2003. 1 「真相」文庫• パトリシア・コーンウェルの食卓 パトリシア・コーンウェル、マーリーン・ブラウン 講談社 2003. 本を読むっておもしろい 新人先生の奮戦日記 エズメイ・ラジー・コデル 白水社 2003. 黒蠅 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 2003. 復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇 ナサニエル・フィルブリック 集英社 2003. 本の愉しみ、書棚の悩み アン・ファディマン 草思社 2004. 痕跡 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 2004. 実録死体農場 ビル・バス、ジョン・ジェファーソン 小学館 2005. 12 のち文庫• 神の手 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 2005. 王様と私 友人、時には敵そしてマネージャーだった私が栄光の王座に就いたの私生活を修正なしで公開する ハーバート・ブレスリン、アン・ミジェット 集英社 2006. 捜査官ガラーノ パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 2007. 異邦人 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫 2007. トランプ自伝 不動産王にビジネスを学ぶ 、トニー・シュウォーツ ちくま文庫 2008. 12 脚注 [ ]• このインタビューでは『リーダーズ・ダイジェスト』廃刊後に『ダメな犬はいない』を出したことになっているが、同誌廃刊は86年、『ダメな犬』は84年なので年次が合わない。 時事通信 2010年2月3日閲覧 (リンク切れ)•

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ターシャ・テューダーのような庭を目指すには、まずは芝を植え...

ターシャ テューダー 死因

経歴 [ ] 幼少~子供時代 [ ] 1915年8月28日、で生まれる。 父はやの設計の業界ではアメリカを代表する有名な技師・実業家で、母ロザモンド・テューダーはであった。 また両親共にボストン名家出身で、彼女の両親の祖父や曽祖父及びその兄弟なども地元の名士だった。 特には母方のテューダー家は、18~19世紀にボストン・バラモン(ボストン・ブラーミン) と呼ばれるボストンの政財界を支配する約40家の中の一つでもあった。 彼女は誕生時に父のミドルネームをとってスターリング・バージェスと名付けられたが、父が『』の登場人物ナターシャを気に入っていたため、すぐにナターシャと改名された。 ターシャはの愛称であり、母の友人たちにはしばしば「ロザモンド・テューダーの娘ターシャ」と紹介されたため、家族以外にはテューダーが本名だと思われるようになり、ターシャ本人もターシャ・テューダーという響きを気に入り、後に筆名および本名とした。 バージェス家とテューダー家はどちらも、電話を発明した等 そうそうたると交流を持っていた。 しかしターシャはそんな華やかな世界が好きになれず、社交界デビューを断ってパーティから逃げ出してばかりいた。 ターシャにはのほうが魅力的でいつもを欲しがっていたという。 で話好きだった父からは想像力が養われ、肖像画家だった母からは絵の手ほどきを受け、小さい頃から絵本を作って遊んでいた。 9歳のときに両親が離婚し、母ロザモンドと共にのに転居することになったが、子供の成育には都会よりも田舎の方が向いていると考えたため、 に住む両親の友人の家に預けられ、週末だけ母の住むニューヨークを訪れるようになった。 ターシャはボストンよりも自然の多いレディングを愛した。 13歳の誕生日に念願の牛を買ってもらったターシャは、15歳で学校を辞めて迷わず絵画と農業の道を選んだ。 農業で培った経験はの精神を育て、子供たちに絵本を作ったり花を育てたりその後のライフスタイルに大いに影響することになる。 結婚、絵本作家としてデビュー [ ] 、23歳でトーマス・マクリーディとレディングで結婚し、同年夫の強いすすめでデビュー作の絵本『パンプキン・ムーンシャイン』(Pumpkin Moonshine)を出版した。 長女ベサニー、長男セス、次男トーマス、次女エフナーと4人の子供に恵まれるが、に46歳で離婚し、同年正式にターシャ・テューダーと本名を改めた。 この時子供たちもテューダー姓に改名した。 にアラン・ジョン・ウッズと再婚したが、数年で離婚している。 生涯を通し80冊以上の本を出版。 次々と出版された作品はそれまで古典が中心だった児童文学に新風を吹き込んだ。 身近な世界が舞台となった話にアメリカ中の子供たちが夢中になった。 に77の詩に挿絵の入った『』という絵本で、絵本画家に贈られる最も権威あるの次点作(オナー賞)に選ばれた。 同年 の古い農場を買い取って移住。 その後、に数字やアルファベットの絵本『1 is One』という作品で再びコールデコット・オナー賞を受賞する。 が大活躍する絵本『コーギービル』シリーズはターシャの代表作である。 に著の『』の挿絵を描いている。 若草物語に登場する末娘のエイミーにプロポーズする青年のモデルはマサチューセッツの氷を世界中に輸出して財を築いたターシャの曽祖父でアイスキングと呼ばれた、 である。 に児童文学に対する貢献を評価されて、 を受賞する。 晩年にから名誉博士号を授与された。 夢のスローライフな生活へ [ ] 、57歳の時に思う存分庭造りをするために南部の小さな町はずれに移り住み、頃の開拓時代スタイルのな生活を営んだ。 およそ30万坪の広大な土地に、家具職人である長男セスはターシャの希望する年季の入った古びた家になるようにの工法を研究し、たった1人で家を造り上げた。 家と庭の一帯を「コーギー・コテージ」と呼び、電気や水道等、近代設備は最小限に留めとと、があるような質素な室内と古い道具を使う昔ながらの生活を実践した。 一日の大半を草花の手入れに費やし、小花模様のドレスやエプロンを手作りし山羊の乳を搾り、庭でとれた果実で、や(透明なジャム)を作りを焼いたりした。 16歳の時に作りのコンクールで優勝したこともあるほど料理は得意で、料理の秘訣は「近道を探さないこと」がモットー。 挿絵入りの料理本(『ターシャ・テューダーのクックブック』)を出版したこともあった。 コーギー犬の「メギー」が良きパートナーで、他にもやなどの小動物と共に暮らしていた。 16時半、庭先のポーチでお茶を飲むのが日課。 日記代わりに周りの草花や動物達をスケッチした。 毎日のように歩いて10分ほどのところに住んでいる長男のセスが訪ねてきて水遣りや買い物や力仕事など甲斐甲斐しく母を助け、高齢の母親の暮らしを見守っていた。 2008年6月18日に自宅で家族、友人に囲まれ脳卒中の合併症により逝去。 92歳没。 しかしターシャの死後、広大な土地など全遺産を受け継いだ長男とその息子に対し、比較的彼女とは疎遠だった残りの3人、アメリカ空軍に勤務する弁護士の次男や、絵本作家やイラストレーターになった長女や次女が、本来相続できる筈だった200万ドルの美術品や、土地の半分などの遺産が貰えなかったとして長男相手に訴訟を起こした。 影響を受けた人物・エピソード [ ] ガーデニングへの目覚め [ ] 3歳の時にベルの家に咲いていた原産のバラの花( Rosa hugonis)を見て花の魅力に目覚め、将来自分もこんな花を咲かせる人になろうと心に決める。 ベルがポケットにの種を入れて行く先々でまいてアメリカ中にルピナスの花を咲かせたという話をベルの娘の親友だった母から聞いて、とても感動し強く影響を受ける。 ライフスタイルへの影響 [ ] 思想家がマサチューセッツ州郊外ののほとりで自給自足の暮らしを実践した著書『ウォールデン-森の生活』から、ソローの思想に大きく影響を受ける。 ちなみに世界有数の天然氷の販売業者で「アイスキング」と呼ばれた祖父フレデリック・テューダーが、労働者を雇ってウォールデン湖の氷を切り出させていたことから、同書の中にフレデリックに関する記述が登場する。 主な著書 [ ]• 「Pumpkin Moonshine」(1938年)(デビュー作) 邦訳:「パンプキン・ムーンシャイン」• 「Alexander the Gander」(1939年) 邦訳:「ガチョウのアレキサンダー」• 「A Tale for Easter」(1941年) 邦訳:「イースターのおはなし」• 「Snow Before Christmas」(1941年) 邦訳:「もうすぐゆきのクリスマス」• 「Mother Goose」(1944年)(コルデコット賞受賞作品) 邦訳:「ターシャ・テューダーのマザー・グース」• 「Dorcas Porkus」(1945年) 邦訳:「こぶたのドーカス・ポーカス」• 「Linsey Woolsey」(1946年) 邦訳:「ひつじのリンジー」• 「Thistly B. 」(1949年) 邦訳:「カナリアのシスリーB」• 「Amanda and the Bear」(1951年) 邦訳:「アマンダとクマ」• 「Edgar Allan Crow 」(1953年) 邦訳:「エドガー・アラン・クロウ」• 「A is for Annabelle」(1954年) 邦訳:「AはアナベルのA」• 「1 is One」(1956年) (コルデコット賞受賞作品) 邦訳:「1はひとつ」• 「Around the Year」(1957年) 邦訳:「季節のめぐり」• 「Becky's Birthday」(1960年) 邦訳:「ベッキーの誕生日」• 「Corgiville Fair 」(1970年) 邦訳:「コーギビルの村まつり」• 「The Great Corgiville Kidnapping」 邦訳:「コギービルのゆうかい事件」• 「The Tasha Tudor Cookbook」 邦訳:「ターシャ・テューダーのクックブック」• 「THE SPRINGS OF JOY」 邦訳:「喜びの泉」• 「FIRST DELIGHTS」 邦訳:「すばらしい季節」• 「A TIME TO KEEP」 邦訳:「輝きの季節」• 「ROSEMARY FOR REMEMBRANCE」 邦訳:「ローズマリーは思い出の花」• 「Tasha's Artistic Garden」 邦訳:「ターシャの庭」• 「TashaTudor'sGARDEN」 邦訳:「ターシャ・テューダーのガーデン」• 「The Private World of Tasha Tudor」 邦訳:「ターシャ・テューダーの世界 ニューイングランドの四季」• 「Forever Christmas」 邦訳:「ターシャ・テューダーのクリスマス」• 「暖炉の火のそばで~ターシャ・テューダー手作りの世界~」(1996年)• 「小径の向こうの家~母ターシャ・テュ-ダーの生き方~」(1999年)• 「心に風が吹き、かかとに炎が燃えている」(2001年)• 「思うとおりに歩めばいいのよ ターシャ・テューダーの言葉 」(2002年)• 「コーギビルのいちばん楽しい日 」(2002年)• 「楽しみは創り出せるものよ ターシャ・テューダーの言葉 2 」(2003年)• 「今がいちばんいい時よ ターシャ・テューダーの言葉 3 」(2004年)• 「ターシャの家」(2005年)• 「喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭 」(2006年)• 「ターシャのスケッチブック」(2006年)• 「生きていることを楽しんで ターシャ・テューダーの言葉 特別編」(2006年)• 「ターシャの庭づくり」(2007年)• 「ターシャからの贈りもの」(2007年)• 「恋をするターシャ」(2007年)• 「ベッキーのクリスマス」(2007年)• 「ターシャとコーギ」(2008年)• 「ターシャの輝ける庭 」(2009年) 脚注 [ ]• NHK 喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭 2005年 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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ターシャ・テューダー ミニミュージアム

ターシャ テューダー 死因

経歴 [ ] 幼少~子供時代 [ ] 1915年8月28日、で生まれる。 父はやの設計の業界ではアメリカを代表する有名な技師・実業家で、母ロザモンド・テューダーはであった。 また両親共にボストン名家出身で、彼女の両親の祖父や曽祖父及びその兄弟なども地元の名士だった。 特には母方のテューダー家は、18~19世紀にボストン・バラモン(ボストン・ブラーミン) と呼ばれるボストンの政財界を支配する約40家の中の一つでもあった。 彼女は誕生時に父のミドルネームをとってスターリング・バージェスと名付けられたが、父が『』の登場人物ナターシャを気に入っていたため、すぐにナターシャと改名された。 ターシャはの愛称であり、母の友人たちにはしばしば「ロザモンド・テューダーの娘ターシャ」と紹介されたため、家族以外にはテューダーが本名だと思われるようになり、ターシャ本人もターシャ・テューダーという響きを気に入り、後に筆名および本名とした。 バージェス家とテューダー家はどちらも、電話を発明した等 そうそうたると交流を持っていた。 しかしターシャはそんな華やかな世界が好きになれず、社交界デビューを断ってパーティから逃げ出してばかりいた。 ターシャにはのほうが魅力的でいつもを欲しがっていたという。 で話好きだった父からは想像力が養われ、肖像画家だった母からは絵の手ほどきを受け、小さい頃から絵本を作って遊んでいた。 9歳のときに両親が離婚し、母ロザモンドと共にのに転居することになったが、子供の成育には都会よりも田舎の方が向いていると考えたため、 に住む両親の友人の家に預けられ、週末だけ母の住むニューヨークを訪れるようになった。 ターシャはボストンよりも自然の多いレディングを愛した。 13歳の誕生日に念願の牛を買ってもらったターシャは、15歳で学校を辞めて迷わず絵画と農業の道を選んだ。 農業で培った経験はの精神を育て、子供たちに絵本を作ったり花を育てたりその後のライフスタイルに大いに影響することになる。 結婚、絵本作家としてデビュー [ ] 、23歳でトーマス・マクリーディとレディングで結婚し、同年夫の強いすすめでデビュー作の絵本『パンプキン・ムーンシャイン』(Pumpkin Moonshine)を出版した。 長女ベサニー、長男セス、次男トーマス、次女エフナーと4人の子供に恵まれるが、に46歳で離婚し、同年正式にターシャ・テューダーと本名を改めた。 この時子供たちもテューダー姓に改名した。 にアラン・ジョン・ウッズと再婚したが、数年で離婚している。 生涯を通し80冊以上の本を出版。 次々と出版された作品はそれまで古典が中心だった児童文学に新風を吹き込んだ。 身近な世界が舞台となった話にアメリカ中の子供たちが夢中になった。 に77の詩に挿絵の入った『』という絵本で、絵本画家に贈られる最も権威あるの次点作(オナー賞)に選ばれた。 同年 の古い農場を買い取って移住。 その後、に数字やアルファベットの絵本『1 is One』という作品で再びコールデコット・オナー賞を受賞する。 が大活躍する絵本『コーギービル』シリーズはターシャの代表作である。 に著の『』の挿絵を描いている。 若草物語に登場する末娘のエイミーにプロポーズする青年のモデルはマサチューセッツの氷を世界中に輸出して財を築いたターシャの曽祖父でアイスキングと呼ばれた、 である。 に児童文学に対する貢献を評価されて、 を受賞する。 晩年にから名誉博士号を授与された。 夢のスローライフな生活へ [ ] 、57歳の時に思う存分庭造りをするために南部の小さな町はずれに移り住み、頃の開拓時代スタイルのな生活を営んだ。 およそ30万坪の広大な土地に、家具職人である長男セスはターシャの希望する年季の入った古びた家になるようにの工法を研究し、たった1人で家を造り上げた。 家と庭の一帯を「コーギー・コテージ」と呼び、電気や水道等、近代設備は最小限に留めとと、があるような質素な室内と古い道具を使う昔ながらの生活を実践した。 一日の大半を草花の手入れに費やし、小花模様のドレスやエプロンを手作りし山羊の乳を搾り、庭でとれた果実で、や(透明なジャム)を作りを焼いたりした。 16歳の時に作りのコンクールで優勝したこともあるほど料理は得意で、料理の秘訣は「近道を探さないこと」がモットー。 挿絵入りの料理本(『ターシャ・テューダーのクックブック』)を出版したこともあった。 コーギー犬の「メギー」が良きパートナーで、他にもやなどの小動物と共に暮らしていた。 16時半、庭先のポーチでお茶を飲むのが日課。 日記代わりに周りの草花や動物達をスケッチした。 毎日のように歩いて10分ほどのところに住んでいる長男のセスが訪ねてきて水遣りや買い物や力仕事など甲斐甲斐しく母を助け、高齢の母親の暮らしを見守っていた。 2008年6月18日に自宅で家族、友人に囲まれ脳卒中の合併症により逝去。 92歳没。 しかしターシャの死後、広大な土地など全遺産を受け継いだ長男とその息子に対し、比較的彼女とは疎遠だった残りの3人、アメリカ空軍に勤務する弁護士の次男や、絵本作家やイラストレーターになった長女や次女が、本来相続できる筈だった200万ドルの美術品や、土地の半分などの遺産が貰えなかったとして長男相手に訴訟を起こした。 影響を受けた人物・エピソード [ ] ガーデニングへの目覚め [ ] 3歳の時にベルの家に咲いていた原産のバラの花( Rosa hugonis)を見て花の魅力に目覚め、将来自分もこんな花を咲かせる人になろうと心に決める。 ベルがポケットにの種を入れて行く先々でまいてアメリカ中にルピナスの花を咲かせたという話をベルの娘の親友だった母から聞いて、とても感動し強く影響を受ける。 ライフスタイルへの影響 [ ] 思想家がマサチューセッツ州郊外ののほとりで自給自足の暮らしを実践した著書『ウォールデン-森の生活』から、ソローの思想に大きく影響を受ける。 ちなみに世界有数の天然氷の販売業者で「アイスキング」と呼ばれた祖父フレデリック・テューダーが、労働者を雇ってウォールデン湖の氷を切り出させていたことから、同書の中にフレデリックに関する記述が登場する。 主な著書 [ ]• 「Pumpkin Moonshine」(1938年)(デビュー作) 邦訳:「パンプキン・ムーンシャイン」• 「Alexander the Gander」(1939年) 邦訳:「ガチョウのアレキサンダー」• 「A Tale for Easter」(1941年) 邦訳:「イースターのおはなし」• 「Snow Before Christmas」(1941年) 邦訳:「もうすぐゆきのクリスマス」• 「Mother Goose」(1944年)(コルデコット賞受賞作品) 邦訳:「ターシャ・テューダーのマザー・グース」• 「Dorcas Porkus」(1945年) 邦訳:「こぶたのドーカス・ポーカス」• 「Linsey Woolsey」(1946年) 邦訳:「ひつじのリンジー」• 「Thistly B. 」(1949年) 邦訳:「カナリアのシスリーB」• 「Amanda and the Bear」(1951年) 邦訳:「アマンダとクマ」• 「Edgar Allan Crow 」(1953年) 邦訳:「エドガー・アラン・クロウ」• 「A is for Annabelle」(1954年) 邦訳:「AはアナベルのA」• 「1 is One」(1956年) (コルデコット賞受賞作品) 邦訳:「1はひとつ」• 「Around the Year」(1957年) 邦訳:「季節のめぐり」• 「Becky's Birthday」(1960年) 邦訳:「ベッキーの誕生日」• 「Corgiville Fair 」(1970年) 邦訳:「コーギビルの村まつり」• 「The Great Corgiville Kidnapping」 邦訳:「コギービルのゆうかい事件」• 「The Tasha Tudor Cookbook」 邦訳:「ターシャ・テューダーのクックブック」• 「THE SPRINGS OF JOY」 邦訳:「喜びの泉」• 「FIRST DELIGHTS」 邦訳:「すばらしい季節」• 「A TIME TO KEEP」 邦訳:「輝きの季節」• 「ROSEMARY FOR REMEMBRANCE」 邦訳:「ローズマリーは思い出の花」• 「Tasha's Artistic Garden」 邦訳:「ターシャの庭」• 「TashaTudor'sGARDEN」 邦訳:「ターシャ・テューダーのガーデン」• 「The Private World of Tasha Tudor」 邦訳:「ターシャ・テューダーの世界 ニューイングランドの四季」• 「Forever Christmas」 邦訳:「ターシャ・テューダーのクリスマス」• 「暖炉の火のそばで~ターシャ・テューダー手作りの世界~」(1996年)• 「小径の向こうの家~母ターシャ・テュ-ダーの生き方~」(1999年)• 「心に風が吹き、かかとに炎が燃えている」(2001年)• 「思うとおりに歩めばいいのよ ターシャ・テューダーの言葉 」(2002年)• 「コーギビルのいちばん楽しい日 」(2002年)• 「楽しみは創り出せるものよ ターシャ・テューダーの言葉 2 」(2003年)• 「今がいちばんいい時よ ターシャ・テューダーの言葉 3 」(2004年)• 「ターシャの家」(2005年)• 「喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭 」(2006年)• 「ターシャのスケッチブック」(2006年)• 「生きていることを楽しんで ターシャ・テューダーの言葉 特別編」(2006年)• 「ターシャの庭づくり」(2007年)• 「ターシャからの贈りもの」(2007年)• 「恋をするターシャ」(2007年)• 「ベッキーのクリスマス」(2007年)• 「ターシャとコーギ」(2008年)• 「ターシャの輝ける庭 」(2009年) 脚注 [ ]• NHK 喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭 2005年 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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