アラバマ 物語 映画。 アラバマ物語

黒い司法 0%からの奇跡 : 作品情報

アラバマ 物語 映画

解説 ピューリッツア賞を獲得したハーパー・リーの小説『ものまね鳥を殺すには』をホートン・フートが脚色し、「九月になれば」のロバート・マリガンが監督した社会ドラマ。 撮影は「ポリアンナ」のラッセル・ハーラン、音楽は「肉体のすきま風」のエルマー・バーンスタイン。 出演者は「悲愁 1959 」のグレゴリー・ペック、新人少女メアリー・バーダム、新人少年フィリップ・アルフォード、ジョン・メグナ、フランク・オバートンなど。 製作はアラン・J・パクラ。 なおこの映画でグレゴリー・ペックは62年度アカデミー最優秀主演男優賞、脚色者のホートン・フートは最優秀脚色賞、セット美術のオリーバー・エマートは最優秀黒白美術賞を受賞した。 1962年製作/アメリカ 原題:To Kill a Mockingbird 配給:日本ユニヴァーサル ストーリー 1932年、アメリカは不況のドン底だった。 アラバマ州メイコムという小さな町に、男やもめの弁護士アティカス(グレゴリー・ペック)は住んでいた。 家族は彼と幼い子供たち、息子のジェム(フィリップ・アルフォード)、娘のスカウト(メアリー・バーダム)、それに家事全体を切りもりしている家政婦の4人だった。 一家は静かな幸福な日々を送っていた。 近所には狂ったブー・ラドレーが父に監禁されていた。 ある日、農夫ボブが、娘が黒人の作男トムに強姦されたと保安官に訴えた。 判事は罪を否認するトムの弁護人に、アティカスを指名した。 町の人々は黒人を弁護したらただではすまぬと、アティカスに警告した。 アティカスは不正と偏見を嫌い、何よりも正義を重んじる男だった。 ジェムとスカウトは、気狂いのブーを見ようとラドレー家へ忍び込んだ。 しかしブーに発見され逃げ帰った。 そのうちにスカウトとジェム宛ての贈物が、ラドレー家の前の木の穴に置かれるようになった。 このようにして月日は過ぎていった。 危害を避けるため、ほかの町の留置場に入れられていたトムはメイコムに戻された。 いよいよ裁判の当日。 アティカスは必死の弁護を行って被告の無罪を主張したが、陪審員は有罪と決定した。 アティカスには、控訴審で判決をくつがえす自信があったが、トムが脱走してしまい殺された。 トムの家族にこのことを知らせに行った帰り、アティカスはボブに会った。 ボブは彼に必ず裁判の仕返しをすると言うのだった。 スカウトの学校で学芸会が催された。 その帰りの夜道でジェムとスカウトは、ラドレー家の附近で何者かに襲われた。 そこへ突然、第2の人影が現れ、襲った男をつかまえた。 襲ったのはやはりボブだった。 彼は胸にナイフを刺して死んでいた。 2人を助けてくれたのは、ブー・ラドレーだった。 ブーの行動は明らかに正当防衛だった。 スカウトはブーを連れてきてジェムに合わせ、それから白髪の彼をもとの隠れ場所へと送っていった。 ふたたびアティカス一家の平和な生活が始まった。 一言「これは見ておいて損はしない」。 半分以上は子供目線の話だったのが、意外性あり。 ・その裁判物としても、斬新な展開があり。 黒人が裁判を傍聴しようとしても2階だけ。 「弁護うまいよな」と思った裁判結果も、1930年代という世相を写していて。 ちょっとビックリ。 そうきたか。 ・なぜ子供目線だったのだろう?。 それはどんな時代であれ、子供はやんちゃだし、父親は子を愛する。 悲しい時代を語るためには、その目線が必要だったのかも。 若干だらっとした感はあり。 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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アラバマ物語 : 作品情報

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1に選出されたグレゴリー・ペックのアティカス・フィンチ 1932年の夏、アラバマ州の小さな町メイコム。 ブーは狂人で監禁されているとの噂で、誰もその姿を見たことがない。 ジェム 「 2m位の大男で、リスや猫を生きた まま食べるんだ…」 アティカスは判事からある事件の被告人の弁護を頼まれ、引き受けることにした。 子供たちが裁判を覗きに行った。 アティカスが弁護していたのは、白人女性を暴行した容疑で 起訴された黒人の トム・ロビンソン だった。 アラバマ州は人 種差別が根強い。 アティカスは被害者の父親 ボブ・ユーエルから警告を受けた。 「 墓穴を掘 ることになるぞ 」。 アティカスの働きかけで裁判は延期となり、被告人のトムは身の安全を確保するため遠方の拘 置所に入れられた。 ある夜、子供たちは ブーの姿を見ようと敷地に侵入したが、それらしき人影に遭遇しただけで終わった。 夏休みも終わり、ディムは実家のあるミシシッピ州へと帰っていった。 新学期になり、スカウトも小学生になった。 小さな町でも、子供たちにとっては事件と言える 出来事がある。 ジェムもスカウトもその折々で、偏見や差別を持たず、正義感の強いアティカスの言動から色々な事を学んでいた。 スカウトは学校でまた喧嘩をしてしまった。 アティカスが黒人の弁護をしていることをなじら れたからだ。 スカウト 「 なぜ黒人の弁護をするの 」 アティカス 「 誇りを持てなくなるからだ…。 お前たちにも 説教できなくなる…」 その頃、フィンチ家の近くに立っている木の穴の中に、誰からかは判らないが、ジェムとスカ ウトへの贈り物が届くようになっていた。 夏休みになり、今年もディムが遊びに来た。 延期されていた裁判が再開されることになり、ト ムがメイコムに連れ戻された。 その日の夜、保安官から人種差別者たちが不穏な動きをしているとの知らせを受けたアティカスが外出し、子供たちは彼の後を 追っ た。 アティカスは拘置所を見張っていた。 トムをなぶり殺しにしようと押しかけて来た人種差別者たちがアティカスを取り囲むのを見 て、子供たちが駆け寄った。 スカウトが顔見知りの農夫を見つけ、彼に語りかけた。 血気を削がれた人種差別者たちは退散した。 裁判の日。 子供たちはアティカスから止められていたが裁判所へ向かった。 傍聴席は多くの人 で溢れていた。 裁判が始まった。 最初に保安官が、 メイエラ・ユーエルは右目などに暴行を受けた痣があったと証 言した。 次に、メイエラの父親のボブが、トムが逃げ去るのを目撃したと証言した。 アティカスは思うところがあってボブにペンとノートを差し出し、名前を書 かせた。 ボブは左利きだった。 メイエラの証言はトムに暴行され たとの一点張りだった。 アティカスがトムにコップを放ると、トムは右腕だけでキャッチした。 トムは子供の時に事故に遭って以来、左腕を動かすことが出来な いのだ。 法廷内がざわついた。 … メイエラがトムを誘惑し、強引にキスをした。 娘が禁忌を破ったのを目撃したボブが暴力を振るった … というのが真相のようだ。 アティカスはトムの無実を訴えた。 しかし、白人の陪審員たちはトムに有罪の評決を下した。 アティカスは控訴審では勝てるとトムを励ました。 だが、絶望したトムは拘置所に運ばれる途 中で逃亡し、保安官補に射殺された。 アティカスがトムの家族を訪ねると、ボブが現れ、アティカスの顔に唾を吐きかけた。 アティカスは怒りを抑え、ボブの挑 発を堪えた。 月日が流れ、10月になった。 ジェムとスカウトはハロウィーン・パーティーに参加し、スカ ウトの服が無くなってしまったため帰宅が遅くなった。 2人が夜道を歩いている時、何者かが襲ってきた…。 今日までの発行部数は3,000万部 推 計) の大ベストセラーである。 彼女が発表した小説は 「アラバマ物語」 だけだったが、2007年、ジョージ・W・ブッシュ大統領から大統領自由勲章を授かっている。 ハーパー・リーは、カポーティが代表作 「冷血」 1966年出版)を執筆する際の取材旅行で助手を務めている。 2015年、リーが亡くなる前年に、「アラバマ物語」 の続編、「さあ、見張りを立てよ」 が出版されたが、元々、発表を見送り、お蔵入りとしていた作品だったため、リーの親族等が金目当てに出版したのでは? といった物議を醸した。 (左の写真) グレゴリー・ペック と ハーパー・リー ・作品の原題は、「 To Kill a Mockingbird 」= 「物まね鳥 マネツグミ) を殺すこと」。 アティカス 「 アオカスケなら撃ってもいいが、マネツグミを撃つのは罪だ。 作物を荒らさず、歌を唄って楽しませてくれるからだ 」。 無害、無実の者を殺す人間もいれば、救う人間もいる。 肌の色や国籍の違いで差別する人間もいれば、差別を無くそうと努める人間もいる。 ・映画の製作者は、後に監督業にも進出し、『大統領の陰謀』 1976年)、『ソフィーの選択』 1982年) 等を撮ったアラ ン・J・パクラ。 (左の写真) 左から、メアリー・バダム、マリガン監督、グレゴリー・ペック ・アティカス役には、、、等の名前も挙がっていた。 グレゴリー・ペックはアティカスのモデルであるA・C・リーにも会ったが、リーは完成した 映画を観ることなく、撮影中の1962年4月に他界。 リーの遺品である懐中時計を贈られたペックは、その時計を身に付けてアカデミー賞授賞式に臨んだ。 後に、「 オスカー像よりも、この時計の持ち主で あることの方が誇らしい 」 と語っている。 (右の写真) 原作本を読んでいるグレゴリー・ペック ・アカデミー賞では、作品賞、監督賞など8部門でノミネートされ、主演男優賞、脚色賞、美 術監督・装置賞 (白黒部門) の3部門で受賞。 グレゴリー・ペックが5度目のノミネーションで念願のオスカー像を獲得したが、日本の評論家たちからは大根役者のレッテルを貼られていたため、同情票が 集まって受賞したなどと書かれもした。 (左の写真) アカデミー賞授賞式にて。 プレゼンターのソフィア・ローレンと 2003年、AFI アメリカ映画協会) が 「アメリカ映画ヒーロー&悪役ベスト100」 を選出 し、アティカス・フィンチがヒーローの第1位になった。 人 種差別を身近な問題として抱え続けているアメリカにおいて、アティカスはスーパー・ヒーローであり、演じたペックは実生活においても役柄同様のナイスガイ として知られていた。 『アラバマ物語』 のペックの演技は多くの人のハートをキャッチしたのであり、決して同情票でアカデミー賞を受賞した訳ではなかったのだ。 アティカスがヒーローの第1位に なった と発表されたのが6月3日。 僅か9日後の6月12日にペックが亡くなっている。 ・AFI の 「アメリカ映画100年ベスト100」 1998年選出) で第34位。 「感動のアメリカ映画ベスト100」 2006年選出) で 第2位。 「ジャンル別ベスト10:法廷ドラマ」 2008年選出) で第1位に。 ・2012年、本作の50周年を記念し、ホワイトハウスで上映会が開かれ、メアリー・バダムがオバマ大統領等と一緒に鑑賞した。 「 人を理解するには、相手の靴を履いて歩きまわれ 」.

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「アラバマ物語」ブーという隣人はなぜ登場したのか?

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出典:IMDb 1930年代のアメリカ南部アラバマ州。 南北戦争は1865年に終結し奴隷は解放されましたが、それから65年以上経っても黒人への差別は続いていました。 冤罪で捕まってしまった黒人のトム。 アティカスはトムの弁護を担当します。 トムの弁護士になったことで父アティカスが脅しを受けているのを目の前でみる子供達。 裁判の状況も見守る子供達でしたが、その裁判で見た状況は子供達にとっては悲しいものでした。 アティカスはトムが無罪であることを証明します。 そして明らかに冤罪であることを説明しますが、 陪審員は全員白人です。 彼らの出して評決はトムの有罪でした。 この判決に肩を落とす子供達。 さらにトムは刑務所から脱走しようとして走った時に、射殺されてしまいました。 無害なものを殺すことは悪いこととと教わったのに、大人がやっていることはとても残酷なことでした。 子供の目を通して映し出される人種差別の状況は、とても恐怖であり恐ろしくもあります。 純粋な子供だからこそ、よりリアルにその恐怖が伝わってきます。 判決が出るまでのドキドキ感。 そして判決が出たときのショック。 なんとも言えない切なさとやり切れなさが、胸にのしかかってきます。 スカウトが守ったブーとの関係 出典:IMDb ジェムとスカウトとの隣の家に住んでいたブー。 彼はとても危険な人だから近づいてはいけないと言われていました。 ダメだと言われれば気になるのが子供です。 夏休みにがブーの家に忍び込もうとしたりして、子供にとっては気になる存在のブーでした。 トムの裁判などがありブーのことを忘れかけていた頃、ジェムとスカウトは家への帰り道に襲われてしまいます。 それを助けてくれたのはブーでした。 スカウトは「何も見ていない」と言いま下が、実は彼女はブーが襲ってきた男に何を「していたのかを一部始終見ていました。 しかしスカウトはブーを守ります。 それは 「ツグミを殺す子ことは罪なこと」を実践したからです。 ブーは確かに危険だと言われていましたが、実は少しおかしいだけで危険ではなかったのです。 危険どころか自分たちを守ってくれたのがブーでした。 スカウトはブーを守るために「見ていない」と答えたのでした。 トムの裁判で理不尽な現実を経験したスカウトでしたが、ブーのために自分は父の教えを実践したのでした。 まとめ 子供の目を通して描かれる人種差別や大人たちの行動。 教えられることと現実は違っていてショックを受け悲しむスカウトでしたが、それでも自分自身は父の教えを守り通すのです。 子供視点だからこそ、裁判などの描写がとても怖く感じます。 そしてまた当時の差別の理不尽さを痛感してしまいます。

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