キャル ストロー。 【プリコネ】キャルちゃんがストローを噛むのは心のSOS?クセに隠された意外な心理とは

【画像】ワイ、プリコネ全く知らないのにアニメのこのキャラに惚れるwwwwwww

キャル ストロー

セオリーにとらわれない ホットロッドなVWカスタマイズ 15年以上も前に友人のVWを1回だけ運転した経験があったKさん。 その時は、「なんて運転しにくいクルマだろう」という印象が強烈に残っていたとか。 しかし2年前に友人から借りたインジェクションエンジンの空冷VWで、「VWのある生活も楽しいかも...... 」と印象は逆転。 VWにのめり込み、ハマってしまったのも、フォルクスワーゲンの不思議な魅力だろうか。 『motown VWs』のスワップミートで北海道から購入した1976年式のタイプ1は、すでに1679ccのマイルドチューニングエンジンを搭載し、理想に近い機動性を持っていた。 そこでまずは、しっかり「走って」「止まって」「曲がる」VWを作ることから始め、足周り、ミッション周りを『ストローラーズ』にてリフレッシュ。 内装は、床の剥離、サビ止め、塗装など自宅のガレージで行った。 パーツ類は時間をかけてネットオークションやスワップミートで探し出し、今の状態まで仕上がったところ。 これが完成形というわけではなく、ますます進化することが予想される。 年式にこだわる前に何も知らずに買った空冷VWがたまたま高年式で、これも何かの縁と高年式のスタイルを煮詰めた。 利便性と性能を追求したため、パーツ選びでは必ずしもフォルクスワーゲン用にとらわれていない点に注目したい。 左: フロントはディスクブレーキ化し、2インチのナロードが施され、アジャスターにより車高も適度に落とされている。 ボディペイントは『DMC』にて、日産フーガの純正色、グレイッシュブロンズにてペイント。 右: オーナー自らの手で、きれいに配線を引きなおしたのがフロントフード内の電気配線。 電気系に強い兄のバックアップもあり、平型ヒューズに変更されている。 Special thanks to Special thanks to Special thanks to (にて詳細を紹介) オリジナルパーツを残した カスタマイズとの融合 空冷VWのカスタム手法として1980年代に流行したキャルルック。 1990年代に入ると、ボディカラーは純正色で、モールディング類を残しながらも車高を下げたり、ホイールを履き替えたりという手法が確立。 これをヴィンテージ・キャルと呼んでいる。 ここに紹介する1964年式タイプ1は、『BUG SPOT』によってオーナーのリクエストで仕上げられた1台である。 ベルギーからアメリカに渡ったワンオーナーカーを、日本でバラして3ヶ月かけてレストアを行い、ヴィンテージ・キャルのスタイルでまとめている。 このクルマはインテリアなどオリジナルペイントが残っていたため、オリジナルを重視しながらの作業となった。 40年も前のクルマとなるとサビが数箇所出ていたために、ドアのロッカーパネル部分をカットして作り直している。 当時のVW純正色、シーブルーでエクステリアをオールペイントして、フロントの車高を下げてレーダーホイールを履いている所が渋い選択。 フロントとリアのダブルバンパーはオリジナルにリクロームをかけたもので、シートに至っては1964年当時のシート素材のNOS物で張り替えられ、カーペットもジャーマンスクエアウェーブの素材で張り替えるという、かなりこだわった1台である。 オーナーのリクエストによって『BUG SPOT』で組んだ乗りやすい1679ccのライトチューニングエンジンを搭載し、休日には窓を全開にしてドライブを楽しんでいることだろう。 左: バグパック製のヘダースにマフラーはセラミックコートのものを使用。 これはクルマ全体の雰囲気を壊さないように配慮して選んでいる。 右: フロントをナローしないでJGE製のレーダーホイールを履くために、足元を加工することでタイヤのオフセットを調整。 純正色のシーブルーを活かしたヴィンテージ・キャルとして仕上げられた。 Special thanks to (にて詳細を紹介) 世界のVWフリークがうらやむ 超ビンテージマシンが日本上陸 ECONO MOTORS、VWフリークならば一度は耳にしたことがある言葉だろう。 ECONO MOTORSとは1970年代、EMPIから供給を受けていたディーラーのネーミングで、EMPI社が吸収・合併によって営業をやめてしまうと同時に、ECONO MOTORSの名前も消滅してしまっている。 それから30年以上たった今、当時のECONO MOTORSで働いていた人によってオプションパーツを加えた1962年式タイプ1が海を越えて日本へやってきた。 多彩なオプションパーツは25点以上と、マニアなら飛びつきたくなるようなデコレートパーツ満載車である。 前オーナーのラッセル氏がハワイへの移住にともなって売却することとなり、現オーナーのFさんの手に渡ったという貴重なクルマで、当時のアクセサリーパーツがオプションとして付いてきたのだ。 今となってはどのパーツも貴重なコレクターズアイテムとなっている物ばかりである。 世界の空冷VWフリークが注目していたクルマだが、Fさんと『Manny's AUTO』清水さんの手によって、車高にこだわれとばかりにナロードをし、ライドマスターサスペンションを組み込みフロントをローダウン。 リアにはアジャスター付きスプリングプレートを入れるなど、部品交換で本来の姿に戻せる範囲でのモディファイを施している。 よってEMPIのスタビライザーやFoxcaftのフェンダースカートなど、不要なパーツは自宅で保管している。 正真正銘のコレクションカーを、非難を覚悟してまでもルックスにこだわるところが面白い。 ビンテージ・アクセサリーパーツはEMPIの他にも、SPEEDWEL、OKRASAなどまだまだ多い。 時代背景などを調べて楽しみながらパーツを集めるのも、フォルクスワーゲン趣味の醍醐味なのだ。 左: ホイールはEMPIの初期タイプの5スポーク。 その他、紹介しきれないほど奢られたオプションパーツの数々は、ぜひ実写を見て確認してほしい1台。 右: ライドマスターサスペンションを組んだフロント部は、ナロードが8インチ施され、CBパフォーマンスのロワードスピンドルで車高を落としている。 Special thanks to (にて詳細を紹介) 名門のコラボレートにより復活 70年代を走り抜けたバギー 60年代後半から70年代にかけて時代を築いたアフターマーケットメーカーEMPI。 現在でもそのパーツのコレクターは世界中にいて、熱心なファンの間で希少なパーツとして扱われている。 そのEMPIが販売していたのがimpと呼ばれるバギーである。 '63年にブルース・メイヤーがVWシャシーをベースに販売したバギーがMEYER MANX。 そこでEMPI社も'66年に参入して、5種類のキットをオーナーの要望に応じて選べるように販売したのである。 このimpバギーはVWファンだけでなく、アメリカ人のウィークエンドを盛り上げるクルマとして人気があった。 なぜならグラスファイバーの軽量ボディにVWモーターを積んだバギーは、クイックに悪路を走破し風を切って走り、その性能は面白いの一言だからだ。 『FLAT-4』がアメリカより輸入したこの'70年モデルは、コレクターが所有していたスーパースポーツキット(700cc)というモデル。 クルマだけのスペシャルコラボレーションでレストアを施されている。 当時のレースカーにレタリングを担当したリチャード・マックピークによるピンストライプやイラスト。 エンジンカバーにはブルース・メイヤー、リー・レイトン、ダイノ・ドンなど錚々たる面々のサインが入れられている。 日本の『FLAT-4』コレクションに加わったimpバギーは東京本社のミュージアムに展示され、現車を確認することが出来る。 また幸運に恵まれれば、イベントに自走で参加するバギーを目撃する可能性もある。 オイルポンプ、バルブカバー、マニホールド、キャブレターリンケージもDDS製。 右:フロントにカルマンギア用のディスクブレーキを採用。 ホイールはスプリントスター、フロント8Jにリア10Jの組み合わせ。 Special thanks to (レッツプレイVWs vol. 33にて詳細を紹介) 親子鷹で戦う ブラケットクラスの挑戦 PRA、プロ・レーシング・アソシエーション。 1993年に発足した、日本の空冷VWによるドラッグレース団体である。 アメリカのPRAのルールに準じ、年間3~4戦のシリーズ戦を行っているレース。 その中に「ブラケットクラス」と言われる、ナンバー付きのクルマでも出場できるクラスがある。 ドライバー本人が申告したタイムにいかに近づけるかを競うため、速いクルマ勝つというわけではなく、正確な運転技術が勝負の決め手となる。 PRAで一番人気の競合クラスなのだ。 2005年からエントリーしたのが、ここに紹介する吉岡直樹さん。 神奈川県にある空冷VWショップ『ロアールモータース』からのエントリーで、実は社長である父親がレースのサポートをして、息子のYさんがドライバーを務める親子鷹なのである。 『ファーリーマシーンサービス』でメカニックとして見習いを経験した後、父親の仕事をメカニックとしてヘルプしている。 ドラッグ初出場は2003年のアメリカンフェスティバル。 1700ccのエンジンで走ったが隣のクルマに負けてしまい悔しい思いをしたので、いつかはビッグエンジンにとPRAにエントリーした。 「『ファーリーマシーンサービス』の西谷氏が組んだ2007ccのエンジンで何秒出るか楽しみ。 楽しみながらレースに参加して勝つことができたら嬉しい」と、2005年の取材時に語っていた吉岡さん。 親子で参加する353番のクルマは、レースが楽しいと思う限り走り続けるだろう。 掲載当時よりもさらに進化した吉岡さんのマシンは、PRAのレース会場でその活躍を見ることができるだろう。 現在はPRA Japanの意思を引き継いだstaginglaneのレースに出場。 バーンナウトキングとして知られている。 エンジンも当時と比較して改良、タイムを更新している。 左: オートメーター製タコメーターをセットしたインテリア。 ミッションは1インチレイズドしている。 右: エンジンは『ファーリーマシーンサービス』西谷氏が組んだ、ポルシェファンをセットした2007ccのビッグモーター。 キャブレターはウェバーの48IDAをチョイス。 Special thanks to Special thanks to (にて詳細を紹介) 不動車からデイリーカーに!! ストックの状態で乗られていることが多い1303。 なぜならラウンドしたウィンドウとフロント部分がスマートに見えないとの理由で、カスタムベースには選ばれないことが多いからだ。 しかし、ちょっと手を入れただけで雰囲気が変わることを見せてくれたのが『K'S collection』代表、下村さんが足として乗っている1974年式である。 「ショップの陰で部品取りになっていたクルマをもう一度、乗ろうと考えただけ」と軽く言うが、そのパーツにはコダワリがあるのが分かるだろう。 さりげなく、見たこともないような得体の知れないパーツに活躍の場を与えるところがVWショップオーナーならではである。 オーナー自らかっこいいとは言わないが、クルマが醸し出す雰囲気は、誰もが納得するようなセンスのいいカスタマイズである。 ちなみにエンジンは2276ccまでチューニングしたトルクフルなハイパワーだが、これも下村さんの狙いどおり。 パーツの変更とトータルバランスが鍵を握ることを、ビッグテールで証明しているといっても過言ではないだろう。 左: ナローポルシェ時代の911ミラーをチョイスしたビッグテール。 時代背景を1974年にこだわったチョイスである。 右: 1303モデルを証明するエンブレムをあえて残す下村さん。 ライセンスハウジングはクロームメッキしたそうだ。 Special thanks to (にて詳細を紹介) オーバルで狙うチャンプ!! 横浜で営業するVWショップ『ガレージブルードロップ』。 代表の坪井さんは大のドラッグレース好きで、お客さんも仙台まで足を運び、今では1レースで2~3人が自走でエントリーするというビッグショップである。 今回の1955年式オーバルのオーナーも、PRAドラッグレースに参加して、レースに勝ち上がる難しさと、楽しさを覚えてしまった1人である。 「ドラッグレースというだけあり、本当にDRUGですね... 」と、念願だったオーバルで参戦しているMさん。 雑誌でVWを見かけたのをきっかけにタイプ1を購入し、代表の坪井さんに連れられて1680ccエンジンで2003年、PRAデビュー。 翌年にはニューエンジンを依頼し、1776ccを組んでブラケットクラス2位に輝いた。 それから2シーズン後、念願のオーバルモデルでレースに挑むことに。 ベースの良いモデルの話が偶然にもMさんに舞い込み、ボディペイントをしてそれまでのクルマからパーツを移植すればお金がかからない! とスワップを決意したのだそうだ。 そこで前のマシンからエンジン、トランスミッション、フェンダーやヘッドライトなどを移植。 ミッションも3速・4速をクロスにするなど万全な対策をしてデビュー。 毎日の通勤で使うストリートカーのため、現在の仕様よりも過激なチューンはできないが、ベストタイムを更新しながら、ブラケットクラス優勝を目指してレースに参戦。 自走で仲間たちと横浜~仙台を往復するイベントとしても楽しんでいる。 左: 1776ccにウェーバー48IDAキャブレターのチューニングエンジン。 キャブレターの干渉防止と冷却のためデッキリッドを使用。 コンプレッションは9。 右: リアパネルに設置したMSDユニット。 カーペットやシートなどは『HARFEE'S』に特注オーダーしたものである。 Special thanks to (にて詳細を紹介) 復活を遂げたチョップトップ ボディ剛性を上げて頂点を目指す 今から20年以上も前に、1975年式をベースにしたレースカーがTOY SHOPで製作された。 ピンクに塗られたこのマシンはボディ軽量化のため、ウィンドウはガラスからグラスファイバーに変更し、各セクションのエプロンは全て剥ぎ取られた。 そして数年後、『FREAK』のレースカーとして復活を遂げることになる。 その道のりは平坦ではなかった。 剥ぎ取られたパーツはボディ剛性を上げるために追加、補充、カスタマイズされていくことになる。 ファイバーボディからスチールに変更され、ステアリングはパイプで支えられたものを、左ハンドル用のパネルを追加し、メーターを追加するなどレースで勝てるようにモディファイが行われた。 2054ccのレースエンジンを搭載したマシンはBUG CUPに参加し、3インチチョップトップされたボディがセントラルサーキットを走りぬけた。 その後ボディカラーはホンダ・NSXの純正色カッパーブラウンに塗り、細部パーツを変更しスタイリングを整えて再デビュー。 つねにレースでトップ争いができるようなポテンシャルを持ち合わせたマシンへと変貌を遂げている。 左: アルミのロールバー、BECKシートがセットされたインテリア。 ダッシュパネルはアメリカで手に入れた、日頃は目にしないようなものだ。 右: エンジンはFREAKで製作した2054ccのハイスペックモーター。 Special thanks to (にて詳細を紹介) アイロンテールで狙った ベストなスタイル オーナーのSさんはアイロンテールを乗り継いで2台目。 かっこいいストリートカーに乗りたいと空冷VWショップ『Der Bug-ee Shop』に依頼した。 そこで現在の高年式ストックのスタイルを維持しながら、よりカリフォルニア・スタイルに近いテイストで味付けしている。 排気量1915ccのカリフォルニア・スタイルで、手本はアメリカというよりは、ジャパンメイドのカスタマイズだ。 フロント部はナロードし、リアはショートアクスル化させ、リアルスプリントスターを履きこなしている。 ステアリングにはEMPI製GTにボディカラーに合わせた赤ボタンにするなど、細かなパーツチョイス。 これも全てオーナーによる「快適に走りたい! かっこよくしたい!」という要望に応えるための結果であった。 このクルマは低年式ではないため、細かいところまで気を配ることで完成したスタイリングを導き出した。 しかもやりすぎない、パーフェクトなところを計算しつくされている。 それはたとえばエンジンで、シルバーヴェイン・パウダーコートにゴールドジンクメッキといったような統一を意識したところにも如実に現れている。 もしもエンジンルーム内が80年代全盛のカラードパーツにメッキだらけだったとしたら幻滅してしまっただろう。 カスタマイズというのは奥が深くて面白いと、改めて思うのである。 左: エンジンルーム内を見ると、シルバーヴェイン・パウダーコートにゴールドジンクプレートの組み合わせが絶妙だ。 排気量1915cc、ヘッドはCB044を使い、キャブレターはウェーバー44IDFをチョイス。 ジーンバーグ製オイルフィルターを使うなど、パーツチョイスが渋い。 右: イタリア製のウィンカーをあえて使うなど細かなディテーリングが違うことが分かるだろうか。 バンパーガードはリアルエンピ製。 Special thanks to (にて詳細を紹介) こだわりのエンジンチューンで クラス優勝を果たしたマシン 2005年の神戸「バグインミキ」にクリーム色のジャックマンを履いた1台のラグトップオーバルが参加していた。 ボディは少しやれていたが、他のクルマとは違ったオーラを放っていた。 幻のキャブレター「GENE BERG42DCNF」が搭載され、JOE HUNTのマグニートにはオーナーSさんのアイデアで中身に009をインストールするという、気の利いたギミックが隠されていた。 それから約10ヶ月をかけ、このエンジンのビルダーでもある空冷VWショップ『HOT CAKES』原さんとにより、純正色L315ジャーマングリーンにオールペイント、そして更なる進化を遂げた。 インテリアは深い色あいのフェイクレザー仕上げ、各部のディティールアップを行い、ついに翌2006年の0-200mレース「バグダッシュ」が初のお披露目となった。 そして、見事クラス優勝を果たしたのである。 その実力の秘密は、このエンジンの最大の特徴ともいえるFFヘッドを使用していたこと。 バルブサイズこそIN:40mm、EX:35. 5mmとチューニングエンジンとしてはスタンダードサイズではあるが、やはりフミオフカヤのヘッドは一味違ったパワーを引き出してくれる。 また、高回転域でのパワーを引き出しタイムを狙えるようにミッションはランチョのクロスミッションを搭載。 そんなパワーをしっかり受け止めるブレーキは片側4cmナロードし、見た目こそ分からないがフロントのジャックマンの内側にはCSPディスクブレーキが潜んでいる。 まさに本物のオーラを帯びたストリートドラッグレーサーがここに完成した。 左: メインキー隣がシフトライト。 回転数の設定モジュールはダッシュ裏に収めている。 オリジナル感を損なわない気の使いようだ。 右: 純正ジャーマングリーンをさらに引き立たせる各ウィンドウモールとステンレスボディモールの輝きが、オリジナル度を壊さずにレーシーかつ大人のオーバルを演出。 Special thanks to (にて詳細を紹介).

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#プリンセスコネクト!Re:Dive #キャル 【プリコネR】ペコさんと初心

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セオリーにとらわれない ホットロッドなVWカスタマイズ 15年以上も前に友人のVWを1回だけ運転した経験があったKさん。 その時は、「なんて運転しにくいクルマだろう」という印象が強烈に残っていたとか。 しかし2年前に友人から借りたインジェクションエンジンの空冷VWで、「VWのある生活も楽しいかも...... 」と印象は逆転。 VWにのめり込み、ハマってしまったのも、フォルクスワーゲンの不思議な魅力だろうか。 『motown VWs』のスワップミートで北海道から購入した1976年式のタイプ1は、すでに1679ccのマイルドチューニングエンジンを搭載し、理想に近い機動性を持っていた。 そこでまずは、しっかり「走って」「止まって」「曲がる」VWを作ることから始め、足周り、ミッション周りを『ストローラーズ』にてリフレッシュ。 内装は、床の剥離、サビ止め、塗装など自宅のガレージで行った。 パーツ類は時間をかけてネットオークションやスワップミートで探し出し、今の状態まで仕上がったところ。 これが完成形というわけではなく、ますます進化することが予想される。 年式にこだわる前に何も知らずに買った空冷VWがたまたま高年式で、これも何かの縁と高年式のスタイルを煮詰めた。 利便性と性能を追求したため、パーツ選びでは必ずしもフォルクスワーゲン用にとらわれていない点に注目したい。 左: フロントはディスクブレーキ化し、2インチのナロードが施され、アジャスターにより車高も適度に落とされている。 ボディペイントは『DMC』にて、日産フーガの純正色、グレイッシュブロンズにてペイント。 右: オーナー自らの手で、きれいに配線を引きなおしたのがフロントフード内の電気配線。 電気系に強い兄のバックアップもあり、平型ヒューズに変更されている。 Special thanks to Special thanks to Special thanks to (にて詳細を紹介) オリジナルパーツを残した カスタマイズとの融合 空冷VWのカスタム手法として1980年代に流行したキャルルック。 1990年代に入ると、ボディカラーは純正色で、モールディング類を残しながらも車高を下げたり、ホイールを履き替えたりという手法が確立。 これをヴィンテージ・キャルと呼んでいる。 ここに紹介する1964年式タイプ1は、『BUG SPOT』によってオーナーのリクエストで仕上げられた1台である。 ベルギーからアメリカに渡ったワンオーナーカーを、日本でバラして3ヶ月かけてレストアを行い、ヴィンテージ・キャルのスタイルでまとめている。 このクルマはインテリアなどオリジナルペイントが残っていたため、オリジナルを重視しながらの作業となった。 40年も前のクルマとなるとサビが数箇所出ていたために、ドアのロッカーパネル部分をカットして作り直している。 当時のVW純正色、シーブルーでエクステリアをオールペイントして、フロントの車高を下げてレーダーホイールを履いている所が渋い選択。 フロントとリアのダブルバンパーはオリジナルにリクロームをかけたもので、シートに至っては1964年当時のシート素材のNOS物で張り替えられ、カーペットもジャーマンスクエアウェーブの素材で張り替えるという、かなりこだわった1台である。 オーナーのリクエストによって『BUG SPOT』で組んだ乗りやすい1679ccのライトチューニングエンジンを搭載し、休日には窓を全開にしてドライブを楽しんでいることだろう。 左: バグパック製のヘダースにマフラーはセラミックコートのものを使用。 これはクルマ全体の雰囲気を壊さないように配慮して選んでいる。 右: フロントをナローしないでJGE製のレーダーホイールを履くために、足元を加工することでタイヤのオフセットを調整。 純正色のシーブルーを活かしたヴィンテージ・キャルとして仕上げられた。 Special thanks to (にて詳細を紹介) 世界のVWフリークがうらやむ 超ビンテージマシンが日本上陸 ECONO MOTORS、VWフリークならば一度は耳にしたことがある言葉だろう。 ECONO MOTORSとは1970年代、EMPIから供給を受けていたディーラーのネーミングで、EMPI社が吸収・合併によって営業をやめてしまうと同時に、ECONO MOTORSの名前も消滅してしまっている。 それから30年以上たった今、当時のECONO MOTORSで働いていた人によってオプションパーツを加えた1962年式タイプ1が海を越えて日本へやってきた。 多彩なオプションパーツは25点以上と、マニアなら飛びつきたくなるようなデコレートパーツ満載車である。 前オーナーのラッセル氏がハワイへの移住にともなって売却することとなり、現オーナーのFさんの手に渡ったという貴重なクルマで、当時のアクセサリーパーツがオプションとして付いてきたのだ。 今となってはどのパーツも貴重なコレクターズアイテムとなっている物ばかりである。 世界の空冷VWフリークが注目していたクルマだが、Fさんと『Manny's AUTO』清水さんの手によって、車高にこだわれとばかりにナロードをし、ライドマスターサスペンションを組み込みフロントをローダウン。 リアにはアジャスター付きスプリングプレートを入れるなど、部品交換で本来の姿に戻せる範囲でのモディファイを施している。 よってEMPIのスタビライザーやFoxcaftのフェンダースカートなど、不要なパーツは自宅で保管している。 正真正銘のコレクションカーを、非難を覚悟してまでもルックスにこだわるところが面白い。 ビンテージ・アクセサリーパーツはEMPIの他にも、SPEEDWEL、OKRASAなどまだまだ多い。 時代背景などを調べて楽しみながらパーツを集めるのも、フォルクスワーゲン趣味の醍醐味なのだ。 左: ホイールはEMPIの初期タイプの5スポーク。 その他、紹介しきれないほど奢られたオプションパーツの数々は、ぜひ実写を見て確認してほしい1台。 右: ライドマスターサスペンションを組んだフロント部は、ナロードが8インチ施され、CBパフォーマンスのロワードスピンドルで車高を落としている。 Special thanks to (にて詳細を紹介) 名門のコラボレートにより復活 70年代を走り抜けたバギー 60年代後半から70年代にかけて時代を築いたアフターマーケットメーカーEMPI。 現在でもそのパーツのコレクターは世界中にいて、熱心なファンの間で希少なパーツとして扱われている。 そのEMPIが販売していたのがimpと呼ばれるバギーである。 '63年にブルース・メイヤーがVWシャシーをベースに販売したバギーがMEYER MANX。 そこでEMPI社も'66年に参入して、5種類のキットをオーナーの要望に応じて選べるように販売したのである。 このimpバギーはVWファンだけでなく、アメリカ人のウィークエンドを盛り上げるクルマとして人気があった。 なぜならグラスファイバーの軽量ボディにVWモーターを積んだバギーは、クイックに悪路を走破し風を切って走り、その性能は面白いの一言だからだ。 『FLAT-4』がアメリカより輸入したこの'70年モデルは、コレクターが所有していたスーパースポーツキット(700cc)というモデル。 クルマだけのスペシャルコラボレーションでレストアを施されている。 当時のレースカーにレタリングを担当したリチャード・マックピークによるピンストライプやイラスト。 エンジンカバーにはブルース・メイヤー、リー・レイトン、ダイノ・ドンなど錚々たる面々のサインが入れられている。 日本の『FLAT-4』コレクションに加わったimpバギーは東京本社のミュージアムに展示され、現車を確認することが出来る。 また幸運に恵まれれば、イベントに自走で参加するバギーを目撃する可能性もある。 オイルポンプ、バルブカバー、マニホールド、キャブレターリンケージもDDS製。 右:フロントにカルマンギア用のディスクブレーキを採用。 ホイールはスプリントスター、フロント8Jにリア10Jの組み合わせ。 Special thanks to (レッツプレイVWs vol. 33にて詳細を紹介) 親子鷹で戦う ブラケットクラスの挑戦 PRA、プロ・レーシング・アソシエーション。 1993年に発足した、日本の空冷VWによるドラッグレース団体である。 アメリカのPRAのルールに準じ、年間3~4戦のシリーズ戦を行っているレース。 その中に「ブラケットクラス」と言われる、ナンバー付きのクルマでも出場できるクラスがある。 ドライバー本人が申告したタイムにいかに近づけるかを競うため、速いクルマ勝つというわけではなく、正確な運転技術が勝負の決め手となる。 PRAで一番人気の競合クラスなのだ。 2005年からエントリーしたのが、ここに紹介する吉岡直樹さん。 神奈川県にある空冷VWショップ『ロアールモータース』からのエントリーで、実は社長である父親がレースのサポートをして、息子のYさんがドライバーを務める親子鷹なのである。 『ファーリーマシーンサービス』でメカニックとして見習いを経験した後、父親の仕事をメカニックとしてヘルプしている。 ドラッグ初出場は2003年のアメリカンフェスティバル。 1700ccのエンジンで走ったが隣のクルマに負けてしまい悔しい思いをしたので、いつかはビッグエンジンにとPRAにエントリーした。 「『ファーリーマシーンサービス』の西谷氏が組んだ2007ccのエンジンで何秒出るか楽しみ。 楽しみながらレースに参加して勝つことができたら嬉しい」と、2005年の取材時に語っていた吉岡さん。 親子で参加する353番のクルマは、レースが楽しいと思う限り走り続けるだろう。 掲載当時よりもさらに進化した吉岡さんのマシンは、PRAのレース会場でその活躍を見ることができるだろう。 現在はPRA Japanの意思を引き継いだstaginglaneのレースに出場。 バーンナウトキングとして知られている。 エンジンも当時と比較して改良、タイムを更新している。 左: オートメーター製タコメーターをセットしたインテリア。 ミッションは1インチレイズドしている。 右: エンジンは『ファーリーマシーンサービス』西谷氏が組んだ、ポルシェファンをセットした2007ccのビッグモーター。 キャブレターはウェバーの48IDAをチョイス。 Special thanks to Special thanks to (にて詳細を紹介) 不動車からデイリーカーに!! ストックの状態で乗られていることが多い1303。 なぜならラウンドしたウィンドウとフロント部分がスマートに見えないとの理由で、カスタムベースには選ばれないことが多いからだ。 しかし、ちょっと手を入れただけで雰囲気が変わることを見せてくれたのが『K'S collection』代表、下村さんが足として乗っている1974年式である。 「ショップの陰で部品取りになっていたクルマをもう一度、乗ろうと考えただけ」と軽く言うが、そのパーツにはコダワリがあるのが分かるだろう。 さりげなく、見たこともないような得体の知れないパーツに活躍の場を与えるところがVWショップオーナーならではである。 オーナー自らかっこいいとは言わないが、クルマが醸し出す雰囲気は、誰もが納得するようなセンスのいいカスタマイズである。 ちなみにエンジンは2276ccまでチューニングしたトルクフルなハイパワーだが、これも下村さんの狙いどおり。 パーツの変更とトータルバランスが鍵を握ることを、ビッグテールで証明しているといっても過言ではないだろう。 左: ナローポルシェ時代の911ミラーをチョイスしたビッグテール。 時代背景を1974年にこだわったチョイスである。 右: 1303モデルを証明するエンブレムをあえて残す下村さん。 ライセンスハウジングはクロームメッキしたそうだ。 Special thanks to (にて詳細を紹介) オーバルで狙うチャンプ!! 横浜で営業するVWショップ『ガレージブルードロップ』。 代表の坪井さんは大のドラッグレース好きで、お客さんも仙台まで足を運び、今では1レースで2~3人が自走でエントリーするというビッグショップである。 今回の1955年式オーバルのオーナーも、PRAドラッグレースに参加して、レースに勝ち上がる難しさと、楽しさを覚えてしまった1人である。 「ドラッグレースというだけあり、本当にDRUGですね... 」と、念願だったオーバルで参戦しているMさん。 雑誌でVWを見かけたのをきっかけにタイプ1を購入し、代表の坪井さんに連れられて1680ccエンジンで2003年、PRAデビュー。 翌年にはニューエンジンを依頼し、1776ccを組んでブラケットクラス2位に輝いた。 それから2シーズン後、念願のオーバルモデルでレースに挑むことに。 ベースの良いモデルの話が偶然にもMさんに舞い込み、ボディペイントをしてそれまでのクルマからパーツを移植すればお金がかからない! とスワップを決意したのだそうだ。 そこで前のマシンからエンジン、トランスミッション、フェンダーやヘッドライトなどを移植。 ミッションも3速・4速をクロスにするなど万全な対策をしてデビュー。 毎日の通勤で使うストリートカーのため、現在の仕様よりも過激なチューンはできないが、ベストタイムを更新しながら、ブラケットクラス優勝を目指してレースに参戦。 自走で仲間たちと横浜~仙台を往復するイベントとしても楽しんでいる。 左: 1776ccにウェーバー48IDAキャブレターのチューニングエンジン。 キャブレターの干渉防止と冷却のためデッキリッドを使用。 コンプレッションは9。 右: リアパネルに設置したMSDユニット。 カーペットやシートなどは『HARFEE'S』に特注オーダーしたものである。 Special thanks to (にて詳細を紹介) 復活を遂げたチョップトップ ボディ剛性を上げて頂点を目指す 今から20年以上も前に、1975年式をベースにしたレースカーがTOY SHOPで製作された。 ピンクに塗られたこのマシンはボディ軽量化のため、ウィンドウはガラスからグラスファイバーに変更し、各セクションのエプロンは全て剥ぎ取られた。 そして数年後、『FREAK』のレースカーとして復活を遂げることになる。 その道のりは平坦ではなかった。 剥ぎ取られたパーツはボディ剛性を上げるために追加、補充、カスタマイズされていくことになる。 ファイバーボディからスチールに変更され、ステアリングはパイプで支えられたものを、左ハンドル用のパネルを追加し、メーターを追加するなどレースで勝てるようにモディファイが行われた。 2054ccのレースエンジンを搭載したマシンはBUG CUPに参加し、3インチチョップトップされたボディがセントラルサーキットを走りぬけた。 その後ボディカラーはホンダ・NSXの純正色カッパーブラウンに塗り、細部パーツを変更しスタイリングを整えて再デビュー。 つねにレースでトップ争いができるようなポテンシャルを持ち合わせたマシンへと変貌を遂げている。 左: アルミのロールバー、BECKシートがセットされたインテリア。 ダッシュパネルはアメリカで手に入れた、日頃は目にしないようなものだ。 右: エンジンはFREAKで製作した2054ccのハイスペックモーター。 Special thanks to (にて詳細を紹介) アイロンテールで狙った ベストなスタイル オーナーのSさんはアイロンテールを乗り継いで2台目。 かっこいいストリートカーに乗りたいと空冷VWショップ『Der Bug-ee Shop』に依頼した。 そこで現在の高年式ストックのスタイルを維持しながら、よりカリフォルニア・スタイルに近いテイストで味付けしている。 排気量1915ccのカリフォルニア・スタイルで、手本はアメリカというよりは、ジャパンメイドのカスタマイズだ。 フロント部はナロードし、リアはショートアクスル化させ、リアルスプリントスターを履きこなしている。 ステアリングにはEMPI製GTにボディカラーに合わせた赤ボタンにするなど、細かなパーツチョイス。 これも全てオーナーによる「快適に走りたい! かっこよくしたい!」という要望に応えるための結果であった。 このクルマは低年式ではないため、細かいところまで気を配ることで完成したスタイリングを導き出した。 しかもやりすぎない、パーフェクトなところを計算しつくされている。 それはたとえばエンジンで、シルバーヴェイン・パウダーコートにゴールドジンクメッキといったような統一を意識したところにも如実に現れている。 もしもエンジンルーム内が80年代全盛のカラードパーツにメッキだらけだったとしたら幻滅してしまっただろう。 カスタマイズというのは奥が深くて面白いと、改めて思うのである。 左: エンジンルーム内を見ると、シルバーヴェイン・パウダーコートにゴールドジンクプレートの組み合わせが絶妙だ。 排気量1915cc、ヘッドはCB044を使い、キャブレターはウェーバー44IDFをチョイス。 ジーンバーグ製オイルフィルターを使うなど、パーツチョイスが渋い。 右: イタリア製のウィンカーをあえて使うなど細かなディテーリングが違うことが分かるだろうか。 バンパーガードはリアルエンピ製。 Special thanks to (にて詳細を紹介) こだわりのエンジンチューンで クラス優勝を果たしたマシン 2005年の神戸「バグインミキ」にクリーム色のジャックマンを履いた1台のラグトップオーバルが参加していた。 ボディは少しやれていたが、他のクルマとは違ったオーラを放っていた。 幻のキャブレター「GENE BERG42DCNF」が搭載され、JOE HUNTのマグニートにはオーナーSさんのアイデアで中身に009をインストールするという、気の利いたギミックが隠されていた。 それから約10ヶ月をかけ、このエンジンのビルダーでもある空冷VWショップ『HOT CAKES』原さんとにより、純正色L315ジャーマングリーンにオールペイント、そして更なる進化を遂げた。 インテリアは深い色あいのフェイクレザー仕上げ、各部のディティールアップを行い、ついに翌2006年の0-200mレース「バグダッシュ」が初のお披露目となった。 そして、見事クラス優勝を果たしたのである。 その実力の秘密は、このエンジンの最大の特徴ともいえるFFヘッドを使用していたこと。 バルブサイズこそIN:40mm、EX:35. 5mmとチューニングエンジンとしてはスタンダードサイズではあるが、やはりフミオフカヤのヘッドは一味違ったパワーを引き出してくれる。 また、高回転域でのパワーを引き出しタイムを狙えるようにミッションはランチョのクロスミッションを搭載。 そんなパワーをしっかり受け止めるブレーキは片側4cmナロードし、見た目こそ分からないがフロントのジャックマンの内側にはCSPディスクブレーキが潜んでいる。 まさに本物のオーラを帯びたストリートドラッグレーサーがここに完成した。 左: メインキー隣がシフトライト。 回転数の設定モジュールはダッシュ裏に収めている。 オリジナル感を損なわない気の使いようだ。 右: 純正ジャーマングリーンをさらに引き立たせる各ウィンドウモールとステンレスボディモールの輝きが、オリジナル度を壊さずにレーシーかつ大人のオーバルを演出。 Special thanks to (にて詳細を紹介).

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