わかり み が 深い 意味。 わかりみの意味をわかりやすく解説!「わかりみが深い」の使い方や元ネタは?

わかりみの意味をわかりやすく解説!「わかりみが深い」の使い方や元ネタは?

わかり み が 深い 意味

【存ずる】• 分かる、知る• 思う、 「存じ上げません」でも丁寧な表現ですが目上の人などに対して、より丁寧に表現したい場合は「存じておりません」を使いましょう。 「存じ上げません」は「わかりかねます」の類語で使いますが、以下のような違いがあります。 わかりかねます 存じ上げません 意味 分かりません、知りません 分かりません、知りません、思いません 表現 丁寧で、 より柔らかい表現 丁寧な表現 「存じ上げません」や「存じておりません」は丁寧な表現ですが「ません」は「ない」という否定の言葉です。 そのため「存じ上げません」よりも「わかりかねます」の方が、より柔らかい表現として使えます。 では以下の例文で「存じ上げません」の使い方を見てみましょう。 (申し訳ありませんが、お尋ねになられたことにつきましては、わかりかねます。 I apologize that I cannot understand the change. (申し訳ございません。 変更点について、わかりかねます。 (申し訳ないのですが、到着時間が分かりかねます。 ) まとめ 「わかりかねます」は 「分かりません、知りません」をより丁寧に表した言葉です。 相手の質問などに対し対応できない時に使います。 「わかりかねます」は丁寧な表現ではありますが、ビジネスで使う際は相手の気持ちを考慮して「申し訳ありませんが」などを付け加えると印象が良くなります。 また「分かりません」と返答する場面が続く時は、「存じ上げません」や「ご返答しかねます」といった類語を使いながら上手に対応しましょう。•

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わかりみが深いの意味と使い方とは?きもい言葉だけど元ネタはまさかの漱石?

わかり み が 深い 意味

goo辞書(デジタル大辞泉(小学館))を参照してみました。 形容詞・形容動詞の語幹に付いて名詞をつくる接尾辞「み」というのがありまして、「高み」「深み」「ありがたみ」などの例があります。 文法トリビアとしておもしろいのは、この「み」はプラスの語(というと語弊ありますが)に付くことが多く、マイナスの語につくことはあまりない、という特徴があります。 「低み」「浅み」とか原則言わない。 で、形容詞・形容動詞につくのが用法ですから、動詞「わかる」に付かないはずだったんですが、ネットミームっていうんですか、付けちゃった人がいたんですね。 で、それがけっこう面白くて流行った。 「それわかる!」というのを「わかりみが深い」と表現したんですな。 Googleで調べていたら論文らしきものも出て来ました。 中身まで詳しく読んでませんが……(すみません)。 これが「正しい日本語」にまで昇格するのに、何年かかるんでしょうかねぇ。

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若者言葉「わかりみ」ってどんな意味?「わかりみが深い」の使い方とは

わかり み が 深い 意味

「わかりみが深い」の意味 まずわかりみについては、 「甘み」 「渋み」 「有難み」など、形容詞や副詞に 「み」をつけ、 「その度合い」を表す名詞とする用法を拝借したものです。 正しくは 「理解度」 「共感度」と置き換えられる言葉で、 「深く共感します」と相手に伝える場合に用います。 また 「わかる」と断定せずに 「何か、わかる気がする」と緩和された表現である事も重要です。 深く共感してはいるけれど、正直相手の心理を全て理解できている自信はない状態、と分析する事ができ、曖昧さを良しとする傾向が強い日本の、さらにやや思慮や経験の深さに欠ける若者ならではの表現でしょう。 さらに、SNSが発展した現代では 「共感」の意思表示が非常に容易になった反面、自分の出した意見に発生する 「責任」も、顔の見えない老若男女全てに筒抜けになって見えてしまう弊害もあります。 そうした責任をできるだけ回避し、相手と繋がっていくための一種の処世術的な側面をも含んでいると言えます。 なぜ「わかりみ」に違和感があるのか 私たちは年齢を重ねるに従って、新しく出てくる言葉に嫌悪を抱きがちです。 それが単に聞き慣れない言葉であっても、日本語として破綻・ルール違反しているものであっても同様です。 「〜み」とは 「〜さ」と置き換えられる事もあります。 しかし例えば 「つらさ」なら誰でも用いる所を 「つらみ」としてしまうと急に違和感を覚えるのはなぜでしょう。 ここでは簡単な考察に留めますが、 「〜さ」の方が一般的で制限が少なく、ものの程度の他に 「感情」を表す言葉を修飾する特性がある事から、個人の気持ちを表す 「つらい」は、 「〜さ」が付く方が自然という事が言えます。 「有難い」は一見個人の感情のようにも思えますが、有益かどうかの度合いを表す言葉なので、 「〜み」をつけることができます。 「わかりみ」に至ってはどちらも馴染まず、無理に名詞化してしまっているのが明らかです。 これは元になる言葉が動詞かどうかという点が大きな相違点で、 「〜み」 「〜さ」が通用するのは、元々 「〜い」で終わる形容詞、副詞に限られるのがわかります。 「わかる」は動詞なので、名詞化するなら 「わかること」にしかできず、元々名詞である 「理解」を含んだ 「理解する」で、 「理解すること」や 「理解度」と置き換えたほうが自然です。 恐らく若者たちは、用法の誤りを深く考えずに使っているか、もしくは生じる違和感そのものに含まれる語感の可笑しさや、言葉遊びの楽しさに重点を置いて、承知の上であえて用いているのでしょう。 そう考えれば、気のおけない友人同士やインターネットの掲示板などの限定された場で、こうした新しい表現が生まれてくるのは何も不思議のない事であり、使う状況さえ間違えなければ容認する度量の広さも、ある程度は求められるのではないでしょうか。

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